第3話

「大臣だって商社マンだって、『その人にしかできない』仕事なわけじゃない」

 

 

 

【第3話の登場人物】 

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

リクさん:僕のブログ 『忘れられても。』 を介して知り合った友人。このよばなし当時は、僕とは別の広告会社で働いていた。

 

ジュリちゃん:第2話 に登場したイケちゃんの友人で、コンサルティング会社に勤務。

 

ササキ:僕の会社の同僚で、テレビの担当をしている。

 

 

 


 

 

 

2017年10月21日は、雨であった。ぶ厚く垂れこめた雲から落ちる雨粒が、点描のように大気を埋め尽くしていた。

 

山手線外回り電車は、細かい雨を避けるように、右に傾いて走り続けていた。電車の中からは無音に思えたその自然現象は、日暮里駅のホームに降りるドアが開いた途端、さらさらと音を立てて僕を取り囲んだ。

 

南口で待ち構えていると、狭い改札から押し出されてくる人波の中に、会社の後輩であるササキの姿が見えた。周囲より頭一つ高く、輪郭の強い男である。

 

「このあたり、最近 谷根千やねせんって言われて注目されてますよね」

 

ササキにそう言われて、僕はスマートフォンをいじる。検索結果を示す画面に、「本物の暮らしが息づいている町」というキュレーションサイトの見出しが躍る。

 

「本物の暮らしが息づいている町」はいったいどのあたりに位置しているのかと、改札の近くの壁に貼られた地図をササキと眺めているうちに、ジュリちゃんがやってきた。彼女は 第2話 で登場したイケちゃんの友人で、僕も何度か飲んだことのある仲だ。

 

もう一人の参加者であるリクさんから少し遅れるというFacebookメッセージが入って、僕らは揃って傘を開き、南口を後にした。

 

 

 

線路に架かる陸橋を伝って山手線の内側に渡り、路地に足を踏み入れると、あたりの風景は急速に色を失っていった。「〇〇寺まで数十メートル」という文字が点滅する、寺社仏閣の案内にはまるで不釣り合いなけばけばしいネオンを頭上にやり過ごしながら南に折れると、目の前が開けた。

 

左右にどこまでも続くのは、墓地のシルエット。足元から伸びる道は、その真ん中を滑走路のように貫いたまま、薄明かりの漏れ出る墓地の向こうの町まで届いていた。傘を肩に乗せ、スマートフォンを取り出す。この谷中霊園を突っ切れば、『谷中ビアホール』のある谷中の町だった。

 

歩を進めるたび、水に濡れた墓石が道の両側で鈍い輝きを放った。彼らは行儀よく列をなし、着陸する飛行機をガイドする飛行場のランプのように、僕たちの行方を見守っていた。ジュリちゃんとササキと僕は、なんとなく息をひそめて、墓地を通過していった。

 

 

 

『谷中ビアホール』は、谷中の町の一角を占める民家の集落の中に見つかった。集落にはこのビアバーの他、ベーカリーや共有スペースなど、様々な形態のショップが軒を連ねているようだった。

 

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キャッシュオンスタイルのカウンターで注文を済ませ、二階に上がる。めいめい注文した飲み物をテーブルに並べていると、降りる駅を間違えてしまったというリクさんが、頭をかきながらやってきた。 広告代理店のテレビ担当の記事 を書いたのがきっかけで知り合ったのが、僕とは別の広告会社で働いていたリクさんだった。

 

リクさんの後から、次々と覆い被さるようにお皿がやってくる。アヒージョ、ちまき、揚げたこ焼きと、バラエティ豊かな料理がテーブルに並ぶ。

 

僕はかばんからよばなしのロゴを取り出す。グラスやお皿の点在するテーブルの真ん中を占めたロゴは、ゲリラの集結する秘密の拠点の目印のようでもあり、信心深い宗徒たちが拝む小さな祠のようでもあった。周囲に見えない結界が張り巡らされたように感じて、僕は幼い頃、押入れに入って遊んでいた時の安らかな気持ちに戻る。

 

開け放した窓の向こうで、線のような雨が斜めに走っている。よばなしが始まる。

 

 

 

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第3話

 

 

 

自己紹介がわりに、僕がやってきたこと

 

 

 

リク:僕はハジメさんとかササキさんと同じ広告業界の人間なんですが、プラットフォームの会社に転職することになって。某社なんですけど。

 

ササキ:あ、その会社は新卒採用があれば受けてみたかったところです。

 

ハジメ:そうなんですね、転職おめでとうございます。彼はササキ君で僕の後輩です。リクさんにはおなじみかもしれませんが、テレビの担当をしています。

 

リク:あ、完全に後輩ですね。

 

ハジメ:ジュリちゃんはコンサルティング会社に勤めています。

 

リク:ご友人のご友人ですか?

 

ハジメ:そう、 第2話 に出てくるイケちゃんという人がいるのですが、ジュリちゃんとの出会いはイケちゃんと一緒に飲んだ時でした。あと、今日のお店は、第1話 に出てきたホナミンが紹介してくれました。『よばなし』はそんな感じで、以前の回に出ていた人との繋がりで、コンテンツができていく予感があります。

 

ジュリ:すごくいい雰囲気のお店ですよね。ちなみに、今日の『よばなし』は3回目ですか?

 

ハジメ:公式には3回目。実はリクさんは第0回というか、プロトタイプに参加してくれていて。文章にはなっていないけど、渋谷で実験的にやったものがあって。2017年の4月くらいだったかな。

 

リク:じゃあ、4回目ということですか?

 

ハジメ:それを言うと、実は更にプロトタイプがあって。一番最初にさかのぼると、2015年に歌舞伎町でやった飲み会です。その時の参加者はほぼ全員、僕がブログで知り合った人でした。当時のブログは2012年ごろから書き始めた 『Rail or Fly』 という名前のもので、「僕はレールに乗り続けるのか、それともそこから飛び降りるのか」というテーマの文章を書いていました。だから、飲み会も「生き辛さ」みたいなのがテーマで。名前も『マージナル・マンの会』みたいな名前で、「どちらにも属せない境界線上の人たち」という感じでやっていたんだけど。

 

リク:今はだいぶ角が取れましたね。

 

ハジメ:とっつきやすくなったと思う。その時から知り合いの人たちも、そのうち登場してくるかな。まあそんな紆余曲折を経て、公式には今日は第3回という形です。特に話すべきテーマとかは無いんです。

 

この日のよばなしは、思いがけず自分の昔やっていた活動の話から始まった。もちろんRailという単語に「レールに乗り続ける」などという意味は無いし、Fly単体で「飛び降りる」という意味を持つのかというと怪しいところだが、この『Rail or Fly』という言葉は、僕の中途半端な性質をきわめて的確に表わしてくれている。

 

リクさんと出会うきっかけとなった 広告代理店のテレビ担当の記事 は、FacebookTwitterを中心にそれなりに拡散されたのだが、実はその以前のブログ『Rail or Fly』時代にも「プチ炎上」を起こしたことはあった(英語を話せても代替不可能な人間になんてなれやしないんですよ など)。しかし、当時の僕は「レールに乗るのかそこから飛び降りるのか迷っている自分自身の姿」など、正視に耐えない恥ずかしいものだと考えていたため、そういった文章を書いているということは、リアルの友人の誰にも言ったことは無かった。

 

『マージナル・マンの会』という怪しげなイベントも、よく企画したものである。常識人にも変人にも振り切れない半端ものである自分が、そんな自分に共感してくれそうな人たちを集めてやったのがこの企画であり、原形としての『よばなし』がそこには見出せるだろう。企画の名前にも、歌舞伎町というロケーションにも、ある種の危うさが漂っていたが、当時の僕にはそのようなことを客観的に省みる余裕は無かった。『Rail or Fly』と違ったのは、初めてFacebookという実名のSNSで、(おそるおそるではあるが)自分のやっている活動を告知したことだった。

 

そうしたあれやこれやの結果が今の『よばなし』という形に繋がっている。リクさんは僕のブログ 『忘れられても。』 を通して出会った人だし、ジュリちゃんは友達の友達、ササキは会社の同僚と、インターネットだけではない様々な世界のことを、そしてその世界にいる人たちのことを、僕はやっと信じられるようになった。普通の人ならものごころついた頃からわかっているようなことを、何年も遠回りして、ようやくわかるようになったのだ。

 

丸くなるということは、世の中を許せるようになることだと、僕は思う。

 

 

 

ササキが大きな手でちまきを剝いて食べる。

 

ササキ:そういえば、ちまきって全然食べなくなったと思いません?

 

ハジメ:食べないね。昔、学童保育とかで食べてた。

 

ササキ:最近食べた冷凍食品のちまきが本当に美味しくて。僕は冷食の進歩ってすごいと思うんですよ。営業先の媒体社で他愛ない会話をしてた時に「冷凍食品を弁当に入れられるのが本当に嫌いだった」っていう話を聞いたりしたんですけど、今売られている冷凍食品はそんなことなくて、味として悪くない。ちまきも本当に美味しいのがあったんですよ。

 

ハジメ:それで今日もオーダーしたわけだ。

 

ササキ:本当に食べたかったんです。

 

リク:ハジメさんとササキさんって、4年目と1年目なんですか?

 

ハジメ:そうですね。

 

リク:割と距離感が近いよね。広告代理店的な発想かもしれないけど、4年目と1年目って、もっと距離感があってもおかしくないなって思いました。

 

ハジメ:僕のタイプというか、後輩から話しかけやすいってのはあるのかもしれないですね。あと、個人同士としても普通に仲が良い。この前は2人で『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を観ました。

 

後輩と2人で映画を観ると言うと、社内では不思議そうな顔をされる。もちろん、「いいじゃん!」と言ってくれる人も中にはいるが、基本的には、「会社の人とプライベートで遊ぶ」という行為に、人は特別な意味合いを見出そうとしがちである。そして、そういった詮索の果てに「あいつはさ~」などと噂が飛び交うのが、人の集まりの常というものだ。

 

僕が絶対にやりたくないことの一つは、「あの人はああだから」と勝手に他人を決めつけることだ。あれこれと外野から品評する前に、その人の至近距離に飛び込んで、フラットな目と耳でその人をそのまま捉えたい。そういう「理解原理主義」みたいな考え方が、僕の根本には横たわっている。

 

この『よばなし』という企画が、放っておけば好き勝手に色付けされてしまう人間という生き物を黒の鉛筆で描き続けた、一所懸命な画家のスケッチノートになればいいと思っている。

 

 

 

好きな映画について

 

 

 

リク:『打ち上げ花火~』、僕まだ観てないんですよね。かなり評判が悪いと聞いて、DVDでいいかなと。

 

ササキ:下馬評が良くなかったからその時は観なかったけど、後から観たらものすごく良かった作品って、これまでありませんでしたか?

 

リク:メジャータイトルで恐縮だけど『ラ・ラ・ランド』。リバイバルをやっていて、すごいデカい劇場で見れたんです。もともと観ようと思っていたのに、公開前に騒がれすぎて「これはいいや」って思っちゃった。後で観たら「ちゃんと流れに乗ってみておけばよかった」と思う内容でしたね。だいぶ前の映画ですけど、『世界の中心で愛を叫ぶ』も、流行りすぎたから観てなくて、改めて家で観て「観ておけばよかったな」と思う。僕にはそういう良くない性質がありますね。

 

リクさんは、正直な人というよりは、正直でありたいと願っている人なのではないかと思う。自分の思ったことをそのまま人に伝えたらどう思われるか、想像することができる。だけどその上で、思ったことをきちんと伝えなければとも思っている。正直でありたいと願っている人というのは、そういう意味だ。それは、自分と他者の両方に対して、とても誠実な態度だと思う。

  

リク:『ベイビー・ドライバー』っていう映画が、今年一番面白かった。ベイビーって呼ばれる20歳くらいの子が、銀行強盗逃走のプロフェッショナルで、天才的なスキルを持っているという設定です。ミュージカル調なんですよ。犯人が銃を撃つシーンとか、バタンってドアを閉める音が、ベイビーが聴いている音楽のリズムに乗って、画面が動いていく。編集はどれだけ頑張ったんだろうって。どんでん返しがあるわけじゃないんだけど、演出がすごいって映画でした。

 

ササキ:今もまだやってるんですか?

 

リク:まだやってるんじゃないですかね。たぶん。

 

ジュリ:映画館に行って、目についた感じですか。

 

リク:『ベイビー・ドライバー』は、僕が一緒に仕事してる人が映画好きで絶賛してて、それで観に行きました。

 

ジュリ:私は、観る期間はすごく観るけど、けっこうムラがありますね。観る時は映画館で1日に何本も観るみたいな。

 

ササキ:観る時期、観ない時期に季節って関係あるんですか?

 

ジュリ:そうですね、単純に忙しいかどうかが大きいかな。あとは何かきっかけがあったらかな。映画観る意欲が出るかどうか。

 

ハジメ:俺も偏りがあると思う。観る時は土日に映画館で何本も観るとか。

 

リク:最近は何観ました?覚えてます?

 

ハジメ:言っておきながら、映画館じゃなくて家で観たものを思いついたんですが『そこのみにて光輝く』、これはNetflixで観ました。あー思い出せない。そういえばササキが言ってた『パーフェクト・レボリューション』、観た?

 

ササキ:観ました。これは「身体不自由の障がい者にも性欲はある」っていう主張をしている映画です。特別支援学校みたいな場所では性教育が実施されることがある。でも、大人の障がい者が自然に性欲の問題に直面した時、周りの人に頼れる環境があるかというと、否なんです。親にも相談しづらい内容ですし、臭いものにふたをする状況がある。

 

ササキの熱い語りに、僕は彼の中の「正義」を感じる。彼はきっと、自分にとっての善と悪を、嗅ぎ分けるようにして線引することができる人なのだ。

 

ササキ:そういうことを、通ってる施設に相談したとしても、それは福祉の範ちゅうか否かという問題がある。施設の方にやってくださいって言ってるわけじゃなくて、「やってくれる人がいたら、介助として紹介してほしいという話でも、話題にすることができない」という現状がある。そこに一石を投じる意味で、障がい者自身の経験を映画にしたのが『パーフェクト・レボリューション』という、障がい者と風俗嬢の映画です。リリー・フランキーが主演です。

 

パーフェクト・レボリューション [DVD]

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ハジメ:ササキは大学時代そういう勉強をしていたらしくて、特に詳しいんです。

 

ササキ:大学の時に、担当の教授を介して知り合った人の体験がその映画のもとになったんです。電動車イスを「赤い彗星」と名付けてて……面白い方でした。 今ではこんな風に、その方の活動を拡散する回し者みたいになってますね。

 

 

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名物の谷中ビール。左上はお得なテイスティング・セット

 

 

ハジメ:最近観た映画、思い出しました。『ダンケルク』です。僕、クリストファー・ノーラン監督の作品を観るといつも酔っぱらっちゃうんですよね。今回も疲れました。

 

ササキ:一人称の視点が多いですよね。彼は悪役がいるとき、かならずその人の視点を入れる。『ダークナイト』のジョーカーとか。

 

ハジメ:僕は完璧に救われてしまう映画が好きじゃないんですよ。例えば『君の名は。』は救われすぎて、最後なんでだよって思っちゃう。ノーラン監督も救われる結末が多いなって思って。『インターステラー』も、途中まで理系っぽい演出がされているのに、最後は娘への愛みたいなもので、うまくいっちゃう。『ダンケルク』も、最後に救われてしまうところが個人的には好きじゃない。

 

ハッピーエンドな映画が好きじゃない、というわけではない。ただ、最後が救われすぎてしまう作品というのは、濃く淹れたコーヒーにひたすら砂糖をふりかけているような気がして、「さっきの絶望って意味あったんだっけ?」と感じてしまうのだと思う。

 

苦みは苦みとして、意味のあるものだ。人間に、感じてはいけない感情などない。そう考えた時に、ハッピーエンドのジャンプをできるかぎり高く打ち上げるために用意されたロイター板としての絶望というものが、僕にはあまりにも滑稽に思えてしまうのだ。

 

リク:『ダンケルク』は、説明が何もされずに進んで行って、何もわからないまま終わるって言うか。「こうなのかな?」って自分で想像する必要がありますね。

 

ササキ:説明されすぎない作品って好きですか?

 

リク:そうでもないですね。

 

ササキ:『君の名は。』の説明されすぎなさってすごいですよね。あれで世間のアニメ映画に対する見方が変わったというか。『聲の形』も『打ち上げ花火~』も、細かい説明を省いてるんですよね。この2つの作品に対するレビューで「なんとなくよかったけど、よくわからなかったです」っていうのがあって。僕が思ったのは、これって世の中的には「説明されすぎていなければよくわからない」っていうのがあるんじゃないかと。

 

リク:いろんなアニメを観たわけじゃないけど、ジブリって誰でもわかるじゃないですか。あれは説明がちゃんとされてるって思いますか?

 

ササキ:感覚ですけど、説明されてるって思います。120分の映画を見たときにパッと理解できるか否かが、説明されすぎているかそうでないかのボーダーだと思っています。

 

リク:それでいうと、エヴァって意味わかんないじゃないですか。あれは説明されてないってことですか?

 

ササキ:そうですね。あれは説明されてない部類ですね。世の中的にも説明されすぎているほうがわかりやすい。

 

ハジメ七人の侍』とかわかりやすいけど、説明されているかっていうと微妙だな。

 

ササキ:あれは説明されていない部類でいいと思います。自分が理解できるか、説明されているかは別の問題のように思います。

 

ジュリ:私的には、説明されていないほうがいいかも。

 

ハジメ:説明されていないものを観たいっていう?

 

ジュリ:うーん、どうなんだろう。考察できる、みたいな方がいい気がする。

 

『よばなし』の真骨頂は、「誰も100%正確には意味をつかんでいないテーマについて、ぐるぐると話す」ということにあると思っている。ここではササキの持ち出してきた「説明されすぎる/されすぎない」という対立軸をめぐり、四者四様のコメントが展開されている。

 

それにしても、目に星が散るような固有名詞の乱発ぐあいだ。こういう会話を、大学のオンボロのサークル棟や、学校の近くの卓が2つしかないような雀荘で、昔の僕は夜な夜な繰り広げていたものだった。誰かの発言が自分の脳の片隅を突き、押し出されてきた思いつきを夢中で会話の渦に投げ込む。大学時代の自分がそういう場所を持ちあわせていたのは幸運なことだったなと、今になって思う。

 

 

 

自己満足と承認欲求

 

 

 

リク:ジュリさんとササキさんって、出身は東京ですか?僕は生まれ育ちは北海道で、大学が大阪なんです。就職してこっち来たっていう。北海道の岩見沢

 

ササキ:岩見沢?鉱山があったところですよね。

 

リク:そう。良くご存知で。札幌から30分くらい。

 

ジュリ:私の出身は岐阜です。京都で浪人して、大学は北海道で、東京で就職。

 

これはあくまで僕の体感でしかないが、『よばなし』に参加してくれる人は、東京以外の出身の人が非常に多い。僕自身、大阪の出身で、大学卒業までずっと関西にいた。

 

その意味合いを見出すなら、「どこにも属することのない、根なし草的なマインドを持った人たち」が、『よばなし』に魅力を感じてくれている、というところだろうか。自分の生まれた地方で生き続けるということに対して、第1話 でショウちゃんが語っていたような「違和感」を覚え、東京という街に出てきた人たち。ホームグラウンドではない東京の街で、神出鬼没に開催される『東京よばなし』というコンテンツは、そうした「帰属しない人たち」をゆるやかに捉えるのに、うってつけなのかもしれなかった。

 

リク:道外の人からしたら、北海道ってどう映るんだろう。

 

ササキ:北海道でザンギパーティーをしたことがあります。ザンギパーティーをチラシで見て、「なんだこれは」ってなって。その時は車を借りて、3週間で苫小牧から各地のキャンプ場を回っていました。

 

ハジメ:『イントゥ・ザ・ワイルド』じゃん。


ササキ:やめてくださいよ。でも、それで気に入って、何度も遊びに行くようになりました。

 

ジュリ:嫌いな人いないですよね、北海道。

 

ハジメ:冬も全然順応できました?

 

ジュリ:なんやかんや順応できましたね。むしろ暑い方が苦手なんです。

 

ササキ:冬もちゃんと暖かいんですよね。そこが関東との明確な違いと言うか。

 

ジュリ:地下道を通ればいいとか、ロードヒーティングで雪が解けるから、寒さに対する苦労はないかも。

 

ササキ:冬の北海道、なんらかの形で経験しないと語れない気がします。冬の羅臼に行った時も、民宿が暖かくて快適でしたね。流氷の上を歩いて終わりました。あと摩周湖とか。摩周湖って下まで歩いて行けるんですよ。道なき道を行く、みたいな。

 

ハジメ:ササキを駆り立てるものはなんなんだろう?キャンプとか一人旅とか、トライアスロンとか。

 

ササキ:……面白いからじゃないでしょうか。

 

ジュリ:自然というものに駆り立てられるの?

 

ササキ:そこまでの「オーガニックバカ」ではないです。

 

ハジメ:「丁寧な暮らし」系男子ではないよね。

 

ササキ:そういう思想ってはたして善なんでしょうか?無農薬は害が無いと言うけど、そんなに農薬まみれでつくってるわけでもないし。オーガニック、イコール良いっていうのはどうなんでしょう。

 

ジュリ:ある種の宗教ではありますよね。国で決めた基準があるわけでもないし。

 

ササキ:自分にとって美味しいものを食べるのが善で、その過程としてオーガニックはいいと思うんですが、先にオーガニックがあって、それゆえに善となるのは変だな、と。

 

リク:自己満足というか、「オーガニックな自分が好き」なのかもなぁ。

 

ハジメ:幸せならいいんだと思います。自己満足が人生の究極の目標だから。

 

ササキ:間違いないですね。「自己満」という言葉は、ネガティブな意味だけで使われるべきではないです。

 

ハジメ:承認欲求とかも、批判されることが多いなと思ってて。承認欲求って悪なのかな。リクさんは承認欲求ってありますか?

 

リク:まあ、そりゃ、あると思います。めちゃめちゃ強いわけではないと思いますが。

 

ハジメ:僕は自分にはあると思ってたんですけど、最近なくなってきてて。

 

ジュリ:承認欲求ってそんなもんじゃないですか?仕事もしてなくて、結婚とかもしてない、拠り所のない期間の学生とかが強く持っているもので、社会で何かしら認められるにつれて解消していくもんじゃないかな。ある人はずっとあるんだろうけど。

 

ササキ:僕は逆に社会人になって強まりました。中・高・大と、他から見たら好き勝手やっていて、その関係であまり人に褒められるってことがなかったからかもしれないですけど。仕事をするようになって「よくやったな」と言われると、やはり嬉しいというか、承認欲求が強いというわけじゃないにしても、そういう評価を貰うと嬉しい。認められる純粋な嬉しさがあったんだなと思います。

 

ジュリ:これまでは意識したこと無かったんですか?

 

ササキ:そうですね。どうでもよかったというか。今でもそれがあるからどうのこうのとか、モチベーションになる訳じゃないけれども、そういう評価を貰う中で、「気持ちいいものだ」と感じました。

 

ハジメ:僕はササキと真逆で、大学時代「何者か」になりたかったんです。自分の好きなことを思うがままやっている人が羨ましくて、自分もそういう称号を得たいと思っていた。だからいろんなことをやりました。ササキと僕のあり方は、すごい対照的だと思っていて。僕の場合は「外部がどう思うか」っていう性質が行きすぎて、最近は「自分が褒められることをやる」っていうところまで振り切れちゃった。

 

ササキ:自分自身はそのことに対してどう思っているんですか。

 

ハジメ:自分の特性に合ってると思う。僕は根本的に優等生だから、任された業務に対して「そもそもこれって意味あるんですか」とか言わずに取り組んじゃう。目の前に出てきたテストで100点を取るのをよしとしてしまう。そういう優等生的な人間は、自分で何か創り出すよりも、他人から「これをやってよ」と言われたことを全力でやる方が性に合っている。

 

猫も杓子も「自分の意志を信じてやりたいことをやろう!」と叫ぶ時代に、一人くらい「自己実現なんて自分にとっては幻想だから、他人を信じて任されたことに邁進せよ」と言っている人間がいたっていいだろう。僕は、この現代においてそういうポジションが取れる人間は、自分しかいないと確信している。

 

ハジメ:今、本業とは別にウェブライターをしているのも「ライターとして書いてみてほしい」と言われたからだし、小説 も「あなたは好きなことを思い切り書いた方が面白いよ」と言われたからだし。人の自分に対する「これをやってくれたら嬉しい」っていう気持ちが、自分にとっての原動力だなと思ってます。

 

リク:ちなみに、その意味で言うと、この会ってハジメさんの自主的な発信じゃないですか。その原動力は何なんだろう?

 

ハジメ:めっちゃいい質問をありがとうございます。これも、他の人が面白いと思ってくれてるからやっているんです。大学1年の時から『さし飲み対談』っていう、周りの人たちと2人で飲むっていう企画をやってて、まあ零細メディアだったんですけど、コンテンツとしては70対談分くらいたまった。でも、その時は他の人が面白いと思うのかわからなくて、結局やめちゃったんです。

 

幻のそのコンテンツの名は『僕らのガチ飲み』と言う。僕がインドにいた頃、一緒にやろうと声をかけた7人のメンバーと立ち上げた、『People Interest』というウェブサイト。『僕らのガチ飲み』は、その中のコーナーの1つだった。

 

ハジメ:社会人になって、知らない人たちで飲んで話す会ってのをやったら面白いんじゃないかと思ったけど、他の人にも面白いって思ってもらえる確信は無かった。でも、そのうちに「『よばなし』は絶対に面白いからやってくれ」という声が出てきて、「そんなにみんなが言うのなら、やった方が人のためになる」と思って、今はやってます。僕は、僕自身が面白いと思っても、他人が面白いと思ってくれる自信がない。やり続けることができているのは、面白いと思っている人がいるからです。『さし飲み対談』と違うのは、『よばなし』は小説だと捉えている点。人の期待に応えるのが原動力とは言え、僕自身が気持ちよくなくても続かないから、そういう形にしています。

 

インターネットという果てしなく広い海に、僕は幾度となく救われてきた。それは、外側からは決して見えないであろう、僕の自己肯定の歴史である。大学3年生ごろから始めた無名の個人ブログに「読んでよかったです。これからも書き続けてください」とメッセージをくれた、何十人ものインターネットの向こう側にいる人たち。僕が今いろんなことに取り組めているのは、そうした人たちのおかげなのだ。そうした人たちがいたおかげで、今ようやく現実の世界にいる友人たちに「『よばなし』やってるよ」と声をかけることができているのだ。

 

人は、自分ひとりで好きなことをやり続けられるような、強い存在ばかりではない。だからこそ、何かをつくっている人を身の回りで見かけたら、僕は絶対に応援したいと思っている。そうして応援してもらった自分が、こんなにも強くなれたのだから。

 

ササキ:以前、ハジメさんは「言論が弾圧されることが最も面白くない」と言っていたと思うんですが、今のような機械的な思考っていうのは、「思考さえも抑圧されてるような状態」だとは言えないですか?他人がそう言ったからやるっていうのは、考え方が機械的だなと思って。人は自由に思考すべきだ、と言っていたハジメさん自身が、型に嵌っているような気がします。

 

ハジメ:非常に微妙なニュアンスだね。自分がやりたいことをやる、というのと、人にお願いされたことをやる、というのは、俺は対立するものではないと思う。「自分自身はなんとなくこれやったら面白いな」と思うけど、それをやり続けるまでの狂信的な強さが自分には無い。それは、ウェブサイト立ち上げとか、いろんなことを経験してきた中でわかったこと。でも、人からお願いされたことは、俺の場合「プラスアルファの力」として、自分のやりたいことをやり続けるための力を出せる。だから当然、俺は『よばなし』を「面白い」と思ってやっているよ。

 

ササキと僕の問答を見ていたジュリちゃんが頷いている。

 

ジュリ:なんか、いい意味での口論だね。

 

ハジメ:そういえば、ジュリちゃんと飲んだ時も「いい口論」をしてた気がするね。

 

ジュリ:そうだね。「言論が弾圧されてるとつまらない」という件について、ちょっと思ったことだけど、私自身もハジメちゃんのように「自分のことが外部に受け入れられるのかな」とどこかで気にしている。受け入れられるかどうか「試みる」ことが、私にとっての自由なのかな、と思う。

 

ジュリちゃんと何度か飲んだ中で僕が抱いていた彼女の印象は、人それぞれの事情をとても大切にする人だということだ。それも、その人の人生に過剰に立ち入ることなく、淡々と「そういうものだね」と受け入れる。

 

最初に出会った時、僕がブログを書いているということを話したら、ジュリちゃんは次に会った時に僕のブログの記事について友人と議論になったという話をしてくれた。僕が「スクールカースト」から解放された日。 という記事を友人に見せたところ、「ここで書かれていることは甘えだと思う」と言われたらしい。「私自身は『人間なのだから、こういう気持ちになることは自然だと思うよ』と言ったけど、その友達は『いや、こういう気持ちは克服すべきだ』と譲らなかったね」と、ジュリちゃんは笑っていた。

 

人を受け入れられる人は、往々にして、自分が人から受け入れられなかった経験を持っているものだ。ジュリちゃんが「試みる」と言っているのは、人のことを気にしてしまう臆病な自分自身を、少しだけ露出して見せてみるということなのだと思う。

 

 

 

ササキがコミケを愛する理由

 

 

 

ジュリ:ササキくんの兄弟構成は?

 

ササキ:4つ上の兄貴が1人です。彼は今年29歳ですね。最近、漫画の編集者を始めましたよ。

 

ハジメ:え、前職は何されてたの?

 

ササキ:証券会社です。そういう意味では前職とは全然違う仕事ですけど、兄貴はもともとコミケに同人サークルで作品を出したりしていました。ワインの批評本を書いてたんですよ。

 

ジュリ:コミケってそういう場なの?

 

ササキ:そうです。漫画だけじゃないんですよ。僕は毎回行ってます。1日目から3日目まであって、1日目は普通の同人誌。2日目はBLがめっちゃ多い。3日目になると、男の子向けのエッチなもの。ちゃんとカラーで製本する人もいれば、紙ペラの人もいる。内容もさまざまで、「雰囲気のいい古民家リノベ飲食店5選」とかもあって、掘り出し物を探す感覚で行けます。

 

リク:そもそもコミケっていつからやってるの?


ササキ:かなり歴史があって、今年で90回目です。同人誌が頒布される場所ってなにもコミケだけじゃなくて、それ専門の即売会とかもあるし、オリジナルのマンガを集めた『COMIC 1』っていうイベントもあるんです。

 

ハジメ:ササキがすごいなと思うのは、色眼鏡がかけられがちな場所に純粋に飛び込める力だよね。

 

ササキ:僕は単純にエッチな同人誌が欲しかっただけですよ。コミケで面白いのは、「夜、並ばないでください」という張り紙にまつわる話。どういうことかというと、多くのサークルは作品をたくさん刷ることができない。人気のあるサークルの作品だと売り切れてしまうこともある。これ、どうしても欲しい人が何をするかというと、まずは「始発で行く」。早朝、臨海線のホームでダッシュする人たちが見られるんです。でも、それでも手に入らないから、やっぱり夜から並んでいる。そこでコミケ熟練者が「自警団」みたいに整理番号を配ってるんです。近くのカフェとかで待機して、朝になったら整理番号順に並んで、入る。戦後のアメ横みたいに、参加者で勝手に自治しているんです。それが面白くて。

 

リク:最初に参加したのはいつ?

 

ササキ:最近ですよ。大学入ったくらいです。年末、授業もない時に、「この作品のエッチなやつがある」という情報がTwitterで入ったので、じゃあ行ってみようかという。

 

ジュリ:モチベーション云々の話で気になったことがあって……「どんな世界か見てみたい」で飛び込むのはわかると思うんだけど、ずっと行きつづけるのはどうして?

 

ササキ:好きな作家さんのエッチな本が出続けるからです。

 

爆笑が起こる。

 

ハジメ:なるほど。気持ちはわかります。僕も詳しい知人に今年コミケに連れて行ってもらったんですけど、エッチな本の実物が見れるかなと期待してたら、BLものだらけの日に行ってしまって、間違えた!って思った。

 

ササキ:自分が予期しないこと……。例えば、日本の廃線になった路線特集とかも見つけて、おおってなったんですけど。そういう偶然の出会いが毎回あるのが、面白いですよ。

 

リク:僕は古本が好きで、それと近い感覚ですかね?こんなのあるんだ!というか、出会いが楽しいというか。

 

ハジメ:古本市とかに行くんですか?

 

リク:それもあります。神保町はよく行きますね。この間、一人で金沢に旅行して、そこの古本屋も面白かったです。地方の古本屋って、都心ほど品揃えがあるわけじゃないけど、街では大事にされている。アングラな人たちのコミュニティになっているのが、東京とは違うなと。 

 

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カウンターでお代わりを頼むジュリちゃんとササキ

 

 

 

『よばなし』みたいな飲み会は他にあるか

 

 

 

ハジメ:今日の『よばなし』について、ササキから「何か準備したほうがいいですか?」と言われて。ちなみにこれまでも「想定問答集とかあるんですか?」と言われたことがあって。確かに、参加する人からしたらそういう気持ちもあるかな、と思うんだけど、僕自身はその場の雰囲気や展開で決めるって言うことを大事にしてて。今日もそんな感じで進んでますけど。でも、やっぱり来る前は構えちゃうものですかね。


ジュリ:前に渋谷でハジメちゃんと飲んだ時もそうだったけど、ガチガチではなく何も考えずに話してる感じで、いいんじゃないかな。

 

ハジメ:リクさんにも、前回プロトタイプをやった時との違いとか聞いてみたいです。

 

リク:なんか場所によって変わるなと思ってて。プロトタイプの時の会場は渋谷で、あの時は周りもガヤガヤしていたけど、今回の方が空気感とか環境は話しやすいかなと思います。

 

ハジメ:僕はどんな話に展開されてもOKなんですけど、話の面白さを決めるのは、あらかじめ用意された問答集とかじゃなくて、環境だと思うんですよね。4人で飲むっていう「環境」が、面白さを導いてくれるだろうと思っていて。あと、これを面白がってくれる人を呼んでもらいたいな~ってのは思っていて。皆さんの頭の中に『よばなし』に来てくれそうな人っています?

 

ササキ:何人か思い浮かびますね。

 

ハジメ:これを記事にしたときに、読んでくれそうなのはそう言う人かなって。これまでの経験上、参加者の人がシェアするとその人にメリットがあると思っていて。「あ、お前こんな話してるんだ。面白いじゃん。今度飲もうよ」って。

 

リク:この企画のゴールってどこにあるんでしょう?

 

ハジメ:ごく個人的な願いなんですけど、僕は人が人をもっと理解しようとしてくれたらいいと思ってるんです。会社で働いていると、どうしても「この人はこうだよね」と流布されて、話す前から決めてかかったり、嫌いになったりとかがあると思うんです。僕自身はそう思いたくないんですよ。

 

僕が最初に「人が人を理解してくれたらいいな」と思ったのは、会社の野球部の観戦レポートを書いていて、別段野球が好きではない人からも「この人ってこういうプレーをするんだね」と声をかけてもらうことがあったからだ。それから、同僚と行った旅行や、登山や、釣りや、そうしたさまざまな経験を文章にしたため、参加者の同意を得て発信してみたところ、野球のレポートと同じように、いろんな人から「この人ってこんなことをするんだね」と言ってもらえるようになった。僕にとっては、それがとても嬉しかったのだ。

 

リク:佐藤尚之さんっていう、元々電通にいらっしゃった方がラボをやられていて、人々のコミュニケーションの現状と、そこに対してどんな打ち手をとっていくかという勉強をみんなでしているんです。そのラボは200~300人くらいのコミュニティなんですけど、やっぱりコミュニティって広がるにつれて薄まっていく性質があって。そういった部分をどう打破するのかというのはある気がします。

 

ジュリ:コミュニティが大きくなると、特定の人とのつながりが減るじゃないですか。それはもうみんなが「深い話をすること」より「いろんな人としゃべること」を求めるスタンスだから、そうなるんじゃないですかね。

 

ハジメ:なるほど。ジュリちゃんは飲み会があったとして、深くても深くなくても楽しめる感じ?


ジュリ:うん。たいていの飲み会では、深い話はしないよね。当たり障りなく盛り上がって、時間が過ぎていく。 

 

ササキ:僕は、その人自身の話が聞けるような飲み会がやりたいですね。

 

リク:当たり障りなく浅い話ばかりしてる飲み会って、逆に時間的には「深い」時間までいっちゃうじゃないですか。僕は「じゃあここで」と切り上げるべきだと思う。でも、そういうのができない人がいるんですよね。4時とか5時とかまでやっちゃう人。

 

ジュリ:なんだろう、楽しいのかな?

 

ササキ:「イヤだけど、抜けづらい」っていう要因があると思います。実際、抜けづらいし。そういう雰囲気は確実にあります。

 

リク:それで、誰も抜けられないみたいな。

 

ハジメ:そういうのを遅い時間までやっちゃうのって、寂しさもあると思うんだよね。「自分で寂しさを処理しろよ」とは思うけど、寂しさ耐性っていうのも人によって違いますよね。この間、後輩の女の子と話してたら、久々に休日を1人で過ごしたって言ってて、すごいなって思った。

 

ジュリ:どちらかというと、女の子はそうかもしれない。私はマイペースだけど。1人飲みもよくするし。女の子同士の飲み会だと、最初は行きたいなと思って行くんですけど、だんだん彼氏の靴下が脱ぎっぱなしでどうとか、どうでもいい話になってきて。近況を聞きたいとかはあるけど、そういう話はまあ……ぼちぼちでいいかなと。

 

ハジメ:女子もそういう時は切り上げられないの?

 

ジュリ:そこはちゃんと切り上げられます。

 

ササキ:切り上げられるモラルがあるかどうかって大事じゃないですか。

 

リク:往々にして広告代理店の人は気にしない人が多いかな。

 

ササキ:正直、僕はそういうの好きじゃないんで、帰りますって言って帰ってます。

 

ハジメ:すげーな、俺はそれできないよ。リクさんもあんまり好きじゃない?

 

リク:全然行きませんね。帰ってます。帰れる雰囲気じゃないですけど。もちろん、そこから生まれるものもあると思うんです。でも、それは別にいいかなと。

 

ササキも強いが、リクさんも強い。前者は激しく、後者は鋭い。昔の僕は「強い人」が怖かったなぁと、なんとなく思い出す。自分にとっての哲学さえ確立されていれば、どんな人が相手でも気持ちよくコミュニケーションができるのだとわかるようになったのは、割と最近の話だ。

 

ハジメ:もちろんそうですね。人が人を評価する軸っていろいろあると思ってて、「あいつは深夜までいた」みたいなのもある。僕自身、そういう評価する人がいれば、それに乗っかってやろうと思います。


ササキ:それ、僕は行けないですね。ただ、社内での仕事の動かし方を考えた時に、飲み会というのは有効な手段であると思います。

 

リク:「1年目なら居るだろ」ってのはあるよね。よくわかんない圧力が。

 

ササキ:ありますけど、僕はもう帰りますね。

 

ジュリ:飲み会の場合、人と仲良くなるためにあると思うので、「なんとなく行かなきゃ」ていうのはおかしいと思いますね。仮に「飲み会要員」みたいな人がいたとしても、うちの業界では、特にその人は評価はされないと思います。

 

ハジメ:コンサルっぽいね。合理的。


ジュリ:ただ、人の感情は推し測れないけど、仕事ができるだけの人が評価されるのを必ずしもいいとは思わないですね。中間で、人間味のある人がいいです。

 

ハジメ:僕もそう思います。数字とかパフォーマンスが人格だ、みたいな考え方はどうかと思う。僕は『よばなし』で「どんな人にも人間味はある」と伝えたいですね。ここに来てくれる人は、ウェットなものを大事にしている気がします。

 

 

人は環境によってつくられる

 

 

 

ジュリ:さっき「ウェット感」ってあったと思うんですけど、私はそれが好きで。自分はもともとウェットが好きな人間だけど、今は周りにドライな人が多いから、『よばなし』みたいな場所に懐かしさを感じるというか。めっちゃ面白いなと思ってて。あと、広告系の人って周りにいなかったけど、全然違うんだなって。

 

ハジメ:僕らはマジョリティじゃないけどね。

 

ササキ:間違いない。

 

ジュリ:会社に代理店から来た人がいますけど、その人は「ミーハーな人は代理店行ったらいいよ」って言ってて、「そんなわけないだろ!」って思いました。その人は、私が社会人になって初めて知り合った代理店絡みの人で、広告の人ってそういう感じなんだと思ってました。 

 

リク:コンサルでよく聞く、戦略とか経営とかの違いってなんでしょう?

 

ジュリ:一緒に仕事するので、実際は同じようなものな気がします。不思議なのが、コンサルってすごい上から目線なんですよ。同僚や後輩に対してもそうだし、先輩にすら生意気で、それが良しとされているんです。どうなんだろうって思う時がある。私もそうだったけど、1年目なんて明らかに経験が無いのに、知ったかぶりをする偉そうな感じがあって、意味あるのかなって。

 

彼女が『よばなし』を好きだと言ってくれた理由がなんとなくわかる気がして、僕は話を聴きながら、嬉しくなる。

 

ジュリ:私、もともと大学の時にコンサル会社でインターンをやっていて、所属をどうしようか考えていた時に、戦略は「根拠なき自信」があるように演じざるを得ない側面があるなと思ったので、別の部署にしました。頭はめっちゃいいけど、人の感情とか関係ないって考え方だったから。

 

ハジメ:そう振る舞うことがビジネス上の価値なんだろうなって思う。「占い師」というと失礼かもしれないけど。ただ、そういう振る舞いは、自覚してやっているのかな。

 

ジュリ:自覚していないと思います。お客さんのこと、「何もできない人」って思ってたりとか。

 

ササキ:僕が聞いて衝撃的だった話が、とある商社の人が結婚相手に「仕事辞めればいいじゃん。大した仕事じゃないでしょ?」と言い放ったっていう話。大臣だって商社マンだって「その人にしかできない」わけじゃなくて、たまたまその人がそこに就職してるだけの話ですよ。ジュリさんの話に出てきたお客さんに対する態度も、選民意識を助長するような環境から生まれてると思います。

 

ハジメ:原因として、就活っていう、自分のあり方を肯定される装置っていうものがあると思う。企業に入る前に、アイデンティティを試されるじゃない。「あなたはどういう人なの?」「何がやりたいの?」って。そこでポジティブに評価されて入社するわけだから、周囲に自分のあり方が承認された状態なんだよね。

 

ササキ:そうですね。環境要因は恐ろしいものだと思います。

 

リク:環境要因の話で言うと、劣悪な環境からのし上がる人を突き動かしているのは、なんなんだろうと思います。

 

ハジメ:反面教師的な何かじゃないですか。「昔みたいになりたくない」「認められたい」みたいな。

 

リク:それも承認欲求なのかもしれないなぁ。 

 

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今宵の『よばなし』が繰り広げられた右奥の一角。祭りのあとである。

 

 

 


 

 

 

玄関で餌を食べていた猫は、僕が引き戸を開けると、弾かれたように外に飛び出していった。路上につくられた浅い水たまりのいくつかに波紋が広がり、猫の行方を教えていた。雨は止んでいた。

 

家々の軒先を二つばかりやり過ごしたガレージの車の下に、猫は隠れていた。呼ぶとわずかに顔を覗かせるが、濡れたアスファルトに白い足先が触れると、途端に中の方へと引っ込んでしまう。車の乗ったガレージの石の土台は乾いていて、覗き込むと車底部との隙間に座を占めた猫が、気持ちよさそうにお腹をこすりつけていた。

 

僕は猫を諦め、振り返った。お店を出たリクさんとジュリちゃんが談笑しながらこちらに歩いてきていた。ササキは路地の写真を撮っている。

 

ー今日の『よばなし』は、誰かに何かをもたらすことができただろうか。

 

僕は立ち上がる。乾いた石の上でじゃれていた猫が見えなくなる。見えなくてもそこに猫はいるということが不思議だった。

 

夜に立つ『谷中ビアホール』は、秋雨を吸い、少し大きくなったように見えた。  

 

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(おわり)  

 

 

 


 

 

 

今回は、こちらのお店を使わせていただきました。大変よい雰囲気で、ビールが最高に美味しかったです。

 

谷中ビアホール

 

https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131105/13180065/

 

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4人飲み企画『よばなし』は参加者を募集しています。

 

参加したい!と思ってくれた方は、Facebookページ にいいね!を押すか、Twitterアカウント をフォローしてください。

 

次回の『よばなし』のご案内を差し上げます。

 

 

 

第2話

「自分が醒めちゃわないもの、勘違いし続けられるものが欲しいんです」

 

 

 

【第2話の登場人物】

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

アユミちゃん:僕の会社の同僚で、広告戦略を考える部署にいる。

 

イケちゃん:僕がかつて共にシェアハウスをしていた友人で、第3話 に登場するジュリちゃんの友人。コンサルティング会社に勤めた後、現在は独立。

 

サヤカちゃん:第1話 に登場したホナミンの友人で、大学生。来年からテレビ局で働く予定。

 

 

 


 

 

 

いけふくろうから地上へと続く階段の天井は低く、土曜日の夜に人々はわずかな空気を求めてひしめき合っていた。

 

東口に出ると、ロータリーにはいつものように献血を求める車が停まっていて、その向こう側では情緒の欠けた池袋の街が光を放ち始めていた。

 

10月7日、18時45分。

 

煌めく繁華街を右手に見やりながら、予約したお店へと急いでいると、前を歩く女性の後ろ姿に、見覚えがあった。

 

「サヤカちゃん?」

 

サヤカちゃんはゆっくり振り向くと、「ハジメさん!」といつもの屈託のない笑顔で応じた。大学4年生の彼女は、人間がモノやサービスを使う上でどんな設計が使いやすさに繋がるのかということについて、大学で学んでいる。

 

「お店、このあたりですよねえ」

 

サヤカちゃんの不安げな声に、僕は周囲を見渡す。繁華街の灯りから離れ、目の前の一角を占める小さな公園に不釣り合いな高い植木の葉が道路にはみ出し頭上を覆っているこの辺りは、いかにも世をひねた人間たちが迷い込みそうな場所だった。

 

「あ、見つけた」

 

夜目に浮かび上がったのは、ブルーの庇に描かれた、踊るような白抜きの文字。

 

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―また、今日も当たりのお店を引き当ててしまったようだ。

 

溢れ出る名店の香りに僕がニヤニヤする横で、サヤカちゃんは「めっちゃ素敵です!」と歓声をあげている。

 

「あと2人は、先に入って待つとしよう」

 

「そうしましょう!」

 

僕たちは、暗く沈んだ路地裏に別れを告げ、あたたかく湿ったお店の地下へ、潜り込んでいった。 

 

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大学の2学期が始まり、卒論の準備に奔走しているというサヤカちゃんの話を聴いていると、アユミちゃんが到着した。何かに興味を持った猫のように、しげしげと店内を見回している。

 

「思ったんですけど、このお店、映画で使われてた気がします。タイトル忘れたんですけど」

 

「そうなの?さすが、詳しいね」

 

アユミちゃんは、僕の勤める広告会社の同僚である。世の中のいろんな事象をよく知っている彼女は、その好奇心の旺盛さを活かし、広告戦略を考える部署で働いている。

 

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懐かしい絵本の中にはメニューが綴じ込まれていて、僕たちがお店のいたるところに仕込まれた遊び心に夢中になっているうちに、最後の1人、イケちゃんが到着した。

 

「悪い!遅くなった!」

 

今はフリーランスコンサルティングの仕事をしているイケちゃんは、かつて僕と一緒にシェアハウスをしていた仲だ。当時は、早稲田のオンボロアパートに夜な夜な友人を呼び、語り合っていた。

 

役者は揃った。僕はしっかりと冷えたギネスのグラスを掴んで目の前に掲げる。次々と弾ける澄んだ乾杯の音が、今宵のよばなしの幕開けを告げた。

 

 

 

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第2話

 

 

 

逃れられない「家族」という呪い

 

 

 

ハジメ:こちらのサヤカちゃんは、『よばなし』のデザインとかもちょっと考えてくれてるよ。

 

アユミ:デザインできるんだ!私、美大のグラフィック出身なんです。絵はもはや描けないんですけど。

 

イケ:なんで美大に行こうと思ったの?

 

アユミ:親が美容院をやってて、手に職をつけなきゃっていう気持ちがあったからですね。

 

イケ:そういうのあるよね。俺もよく行くお店のバーテンダーの人に、「なんでバーテンダーになったんですか?」って言ったら、「両親が二人でバーをやってたから」って言ってて。

 

良くも悪くも、人には生まれついた家庭の「呪い」がかかっている。僕は、両親を初めとした親族のほとんどが教育系の仕事で生計を立てている家系に生まれた。今は、知り合いの方の紹介を受けて、とあるご家庭のお子さんの勉強を手伝ってあげているが、これも教師の家系に生まれついた自分の呪いだと思っている。

 

アユミ:最近インターネットでとある記事を読んだんですけど、それによると作曲とか数学とかの能力はほとんど遺伝ですね。執筆も遺伝が大きい。美術はそこまで遺伝が大きくなくて、それに驚いたんですけど。

 

アユミちゃんが、スマホを片手に記事を見せてくれる。人間の能力が、遺伝にどれだけ縛られているか、それを実感せざるを得ない記事だった。

 

ほとんどの人の人生は、遺伝や生育環境に影響を受けているのだ。それが順目に出るか、反面教師的に出るかはともかくとして。

 

僕は、両親に「好きなことをやって生きろ」と言われて育った。彼らは、そのためにいろいろな投資を僕にしてくれた。だが、結局のところ、「好きなことをやって生きる」ことは、僕にとってはとてもハードルの高い行為だった。そのことは、これまでにも個人ブログの記事 「良い子」という呪いを携えて生きるということ。 をはじめとして、いくつかの場所で書いてきている。

 

イケ:俺の友達も、ハジメと近いことを言っているかもしれない。家が自営業で、呉服店をやってるんだけど、勤め人ではなく好きなことをやって生きろって言われてて、それに苦しんでる気がする。

 

アユミ:ハジメさんのその話、聞くの3回目くらいですね。冗談はさておいて、前はなるほどって思って聞いてたんですけど、今回思ったのは、もしかしたら今ハジメさんがやっていることが、親が言ってた「好きなこと」なんじゃないかなぁって。よばなしもそうだし、文章を書くこともそうだし。たぶん、親御さんはそんなに深い意味で「好きなこと」ってワードを言ってなかったんじゃないかな。

 

アユミちゃんの言うとおりだ。親が何を言うかは確かに重要だが、より影響を与えるのは「自分がそれをどう解釈するか」なのだ。

 

サヤカ:私も、母の影響をめちゃくちゃ受けて育ったと思ってます。科学館とか、美術館とか、いろんなところに連れて行かれて、昔はその影響をあまり感じなかったけど、今は自分一人でもそういうところに行ったりするんですよね。でも、ハジメさんみたいに「好きなことをやれ」って応援してくれるってことはなくて、ほったらかしにされて、それが悔しかったです。

 

イケ:言葉にされなくても、部活の試合を観に来てくれたとか、そういう行動面での応援はあったんじゃない?

 

サヤカ:そう言われると……ありましたね。例えば、家の2階で掃除機をかけている母が、1階でピアノを弾いている私に「そこ違うよ」って言ってきたりして。その時はイラッとするんですけど、今思うと見てくれていたんだなぁって思いますね。私の中には、母を超えたいってのがあって。母だけでなく、お兄ちゃんも、友達も、超えたいんです。

 

ハジメ:お母さんが娘に、なれなかった自分像を押し付けるってのはよく聞くけど……。娘の方から超えたいっていうのは、ちょっと新しいね。

 

サヤカ:たぶんなんですけど、私は必要とされてる人間でいたいんだと思います。才能を発揮して、世の中から認められるような、絶対的な存在でいたいって部分もあるんですけど、それよりも、誰かに認められるとか、誰かから必要とされたいって思う気持ちが強いんです。

 

お母さんと同じ、友達と同じでは、人から必要とされなくなってしまう―。自分が必要とされる人間であるために、他の人を超えていきたい。それが、さやかちゃんの原動力の一つなのかもしれない。

 

 

 

やりたいことをやっていたわけではなく、こう生きることしかできなかった

 

 

 

アユミ:友達を超えたいって気持ち、すごいわかります。私は「自分にはデザインはできない」って美大で挫折してるから、同世代でデザインができて他にも才能があって美人で……みたいな女の子へのルサンチマンがやばいんです。みんなあると思うんですよ、嫉妬とか。

 

ハジメ:あるよね。俺も、学生時代から自分の夢を叶えるために起業してアプリつくってました!みたいな人を見ると、自分がそうできなかったことへの辛い感情が湧いてくるよ。

 

イケ:そういう気持ち、すごいと思う。ハジメがよく文章で書いてるテーマで言えば「何者にもなれなかった自分」みたいな。俺にはそういうの、無かったからさ。

 

アユミ:人と比べたり、しないんですか?ていうのは、モチベーションは何なんだろうなって思って。コンサルティングって、モチベーションが無いとできなそうな仕事だなって思うから。

 

イケ:モチベーションか。うーん。こう生きることしかできなかった、って言った方が正しいね。

 

サヤカ:やりたいことをやり続けていたら、いつの間にかこうなった、っていう感じですか?

 

イケ:いや、やりたいことをやるよりも、やりたくないことをやる方が、大事だと思ってたから。

 

アユミ:新卒からたった2年足らずで、独立に必要な力と人脈をつくるって、すごいと思います。

 

イケ:そうだね。人脈をつくるのは、割と得意なのかもしれない。本当は、あんまり人脈とか考えてなくて、知り合った人に親切に接しようって、それだけなんだけど。働き始めてから、時間も限られちゃったけど、できるだけ損得なしで人には会おうと思っているよ。そうしていると、人から相談を受けることが多くなって、いつのまにかその人と仕事してたりすることがあるんだよね。

 

  

 

自分が醒めちゃわないものを、ずっと探してる

 

 

 

イケ:「やりたいこと」の話なんだけど、ほとんどの人は、自分で面白いと信じられるものなんて、持ってないと思うんだよね。自分はこれがやりたいなんていう気持ちは、たいていは勘違いだと思う。

 

アユミ:私は、勘違いできるのも才能だと思っていて。美大にもたくさんそういう人たちがいました。社会的に成功するより、その勘違いを続けることが、そういう人たちにとってのゴールで、それはとても羨ましかった。私は、そういう風に勘違いし続けることができなかったから。

 

サヤカ:私は、面白いって、人から認められて初めて意味があることだと思います。

 

イケ:そうそう、だから、自分の才能を信じながら、人から認められる形にするっていう、両方の力が必要なんだと思う。

 

アユミ:もちろん、それも大事なんですけど、人にアドバイスされても勘違いし続けられるっていうのも、才能なんです。私は、自分でつくっててもすぐに醒めちゃうから。自分の中に絶対的なものが欲しくて。社会人になって、仕事で評価されても、それはそれでゴールが無いじゃないですか。

 

僕は、アユミちゃんの短歌がいくつかの新聞の歌壇に掲載された(編注:下記参照)ことを思い出していた。

 

 

ハジメ:最近、新聞に短歌が載ったと思うんだけど、あれは、掲載されて周りから良いフィードバックをもらってから、つまり、客観的な評価を得てからではなく、つくった瞬間に「あ、良いものができた」って、自分の主観で思えたの?

 

アユミ:そうです。私は、そんな風に主観で信じられるものを、ずっと探してるんです。自分が醒めちゃわないもの、勘違いし続けられるものが欲しいんです。

 

絶対的なアイデンティティ。自分にはこれがあるという、勘違いとも確信ともつかない強い感情。それをずっと探しているというアユミちゃんの言葉はとても切なくて、お店のあたたかい空気を切り裂いて、僕の心に突き刺さった。

 

 

 

イケ:自己実現と結婚って密接に関係していると思うんだけど、どう思う?っていうのは、結婚したらキャリアにおける自己実現欲求みたいなものが無くなるっていう人もけっこういると思ってて。

 

アユミ:私、これまでは結婚願望とか出産願望とか無くて、仕事とかそっちの方向で、後世に残せるものをつくりたいって思ってたんですね。

 

イケ:それはすごい!何かを後世に残したいなんて、なかなか思えないよ。

 

アユミ:だって人間の本能じゃないですか。子どもでも、作品でも、なんでもいいから、自分がうみだしたものが残ってほしいって。

 

イケ:社会人になってもそういう気持ちを持ち続けてるって、オブラートに包んで言うけど、ヤバいよ。

  

ハジメ:オブラートに包んでねえよ!

 

イケ:いや、アユミちゃんだったら受け止めてくれるかなって。

 

アユミ:大丈夫です。むしろ嬉しいです。で、なんだっけ。そう、前職の先輩が、仕事めちゃくちゃできる方なんですけど「私、今年結婚して子ども産むから」って言ってて。なぜですかって聞いたら「もう32で、ここからキャリアの世界で何かを残せるとしても、それは微々たるものだから。子どもの方が、社会に対するインパクトは絶対に大きいから」って言ってて、私はめっちゃ納得したんです。「子どもはかわいいよ」とか言われるより、ずっと「産まねば」って思いました。

 

イケ:そういうロジックなのか……すげえ。社会にどれだけインパクトを与えるかっていう、マクロな見方で物事を見るんだね。俺も昔はそうだったけど、今はミクロな見方で見てる気がする。結婚っていうことで言えば、親とか恋人とか、そういった身近な人の満足度を考えて、するかどうかを決めると思う。

 

アユミ:あ、でも、最後に背中を押されるのはミクロな方だと思います。私もその先輩の話を聞いて「これは産むことになるのかもしれない」って思ったくらいで。

 

イケ:俺の中の「良き人」の定義は、マクロとミクロのバランスが取れてる人なんだけど、新興宗教とかにハマってしまう人は、ミクロな方がものすごく強い人だと思うんだよね。でも、会社で上手くやっていくためには、ブランドとか「仕事ができる」っていう評価とか、そういうマクロな部分を利用しないといけないと思っていて。だから、マクロが強すぎると嫌な人になってしまう。そのバランスが取れてる人が、付き合いやすいと思う。 

 

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看板メニューの「モッツァレッラ・チーズ」

 

アユミ:仕事の自己実現と結婚が両立するのかっていうことについて最近考えてて、人によると思うんですよね。私は自分のことを「両立する可能性がある人」だと思ってて。さっきから話してる通り、元々はすごい野心家なんですけど、去年から猫を飼い始めて。事情があって、生後間もない猫を引き取って育ててるんですけど、そうしたらその子たちって私がいないと死ぬんですよ。そしたら、野心がちょっと減ったんですね。私が生きる意味がそこにあるから。

 

イケ:おもしろい話だな。

 

アユミ:みんな、そんな風に自分のいる意味を見出せるのかなって思ったんですけど、今の会社で私と同じく「広告業界で一旗挙げたい、世の中に何かをもたらしたい、野心まみれのヤベー奴」扱いされてる先輩と話したら、その人はそうではなくて、どこまでいっても満たされないらしくて。私は、自分を好きになりたいから、肯定されたいから、野心を抱いているんですけど、自分を絶対的に肯定してくれる存在がいたら、満たされちゃうんだなって。その先輩は満たされるとかそういうレベルじゃなくて、ひたすら上にいきたい、動き続けていないと死ぬ、みたいな。

 

イケ:マグロみたいな人だな。

 

アユミ:そう、マグロみたいに泳ぎ続けてないと死んじゃうんです。だから、自己実現にもいろいろあるんだなって。

 

イケ:なんで世の中に認められたら自分を肯定できるって思うの?

 

アユミ:私、いろいろと波乱万丈な幼少期を過ごしたんですけど、それをお金持ちの女の子にバカにされたことがあって。それがめちゃくちゃ悲しくて、本当に悲しくて。それで、私が世の中に生み出したものが、いつかその子に届いてくれって思っています。

 

 

 

すべての人に必要とされる人間でありたい

 

 

 

ハジメ:サヤカちゃんは、そういう忘れられない人いる?コイツに思い知らせたい、みたいなさ。

 

サヤカ:いないですね……。

 

アユミ:サヤカちゃんは自分のこと、好きですか?

 

サヤカ:嫌いって言っちゃったら終わりだなって思ってます。私はお人よしで、良い子でいようとする人間だから。全員に良い顔してたら、偽善者って言われて嫌われたこともあります。でも、直らないんですよ。

 

ハジメ:自我が無くて人の言うことを聞いてしまうタイプもあるけど、サヤカちゃんの場合は、性格なのかなと思って。具体的には、どういう行動をとっちゃうの?

 

サヤカ:例えば、大学の授業だと絶対にちゃんと出席して、人のノートとか写すことはしないし。人間関係も、誰に対しても同じように分け隔てなく接しちゃうし。

 

アユミ:その中でも濃淡はあるでしょ?例えば、恋人とかは特別だと思うんだけど。

 

サヤカ:もちろん、恋人は特別です。でも、自分のことをすごくよくわかってくれて、自分も相手のことをわかることのできる人が、他にいるかもしれない。極端なことを言えば、私のことを一番知っているのは父や兄なわけですよ。赤ちゃんの時から知っているので。

 

アユミ:お父さんとかお兄さんとかとの関係って、家族であり、無償の愛なわけだからなー。この世界にはたくさんの人がいて、その中から一人を選べって言ったら、これはもう一緒にいて情が湧くからでしかないと私は思ってるんだけど、サヤカちゃんは情が薄いのかもしれないなと思って。人に対してフラットすぎるんだと思う。だから分け隔てなく公平に接するし。

 

相当の良い子であり、フラット人間であることを自認する僕は、自分だったらどう振る舞うだろうかと考える。もし、サヤカちゃんが僕と同じタイプであるなら、特定の人を優遇することなく、誰から頼られたとしても、その人の期待に応えようとするはずだ。

 

ハジメ:たぶん、サヤカちゃんの究極的な目標は全人類に必要とされることなんだろうね。

 

サヤカ:そうだと思います。だから、最初の方で超えたいって言ったのも、大切な人より上に行きたいってわけじゃなくて、他の人よりも必要とされたいっていうことなんだと思います。人への身内意識が強くて、どんなことも他人事とは思えないし、物事の優劣がつけられないんです。さっき話した通り、人に対してもそうだし、お店とかも「ここ今まで来た中で一番良いお店だわ」って言う人が信じられなくて。いや、いろんなお店にいろんな良いところがあるでしょって思っちゃう。用事の優先度を付けるのも苦手です。

 

イケ:博愛主義の極致みたいな人だね。

 

アユミ:究極のダイバーシティですね。みんなそうだったら、戦争が無くなるのにね。

 

 

 

『よばなし』は小説だ

 

 

 

イケ:俺はハジメのことは昔から知ってるから、今日がどんな会になるのかなんとなく知ってたんだけど、二人はどんな会だと思って来たのか興味あるんだよね。二人とも自然にいろんな話してくれてるんだけど、俺とか初対面なわけだし、普通はそういうの、抵抗あるんじゃないかなって思ったから。

 

サヤカ:ハジメさんに任せておけば大丈夫かなって思いました。

 

『よばなし』という企画について、興味を持った人から「何を話すの?」ということはよく聞かれる。その都度「特に決めていないです」と答えると、「どんな方向に転がっていくのかわからないのって、主催者としてコンテンツにできるかどうか不安に思うことは無い?」と質問されることがある。

 

しかし、テーマはなんであれ、人とじっくり話す時には、必ずその人の人間性が浮き彫りになってくるものなのだ。それは、僕がこれまで数々の人と話をしてきた中で、辿り着いた真理である。だから、みんなに楽しくおしゃべりをしてもらうことさえ達成できれば、何を話そうが『よばなし』の目的は達成されるのだ。

 

そして、みんなが「話してみよう」と思ってくれるかどうかは、結局のところ、みんなが知っている唯一の参加者である「僕」のことを、どこまで信頼できるかにかかっている。僕に対してはなんでも話していいと思える、僕が呼んだ他の参加者ならきっといい人なんだろうと思える、僕が書く文章なら自分のことをきちんと捉えてくれるだろうと思える、そうして初めて「話してもいいんだ」と安心してもらえるはずだ。だから、サヤカちゃんの言葉は、シンプルだが的確に『よばなし』に参加してくれる人のマインドを表わしていると思う。

 

イケ:俺もハジメも昔は「自分と分かり合えるかどうか」をすごく気にしていたよね。今はだいぶそれが無くなったけど。こういう会に来る人は、やっぱり分かり合うことに価値を置いている人なんじゃないかって。

 

サヤカ:私は、人が考えていることにはすごく興味があるんです。なので、『よばなし』はおもしろそうだなって思いました。

 

ハジメ:誰が来るのか、何を話すのかについては、自由で良いと思ってるよ。この企画、ちょっとおもしろそうだなって思ってくれる人なら、誰でもよくて。4人で飲むっていう行為そのものが、おもしろいコミュニケーションをもたらしてくれると思ってるよ。 

 

4人という人数が、おもしろい飲みに繋がる。それは、昔から僕の中にあった直観だ。最近そのことについて 4人飲みはなぜ面白い?数学で考える飲み会の最適人数 という記事を書いたところ、NewspicksやTwitterでぼちぼち拡散され、「飲み会 人数」や「4人飲み」という検索ワードで1位になったので、興味のある方は読んでみてほしい。 

 

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メイン料理の大きなチキン


イケ:ハジメってさぁ、やっぱりビジネスの人間じゃないよね。宗教家っぽい。

 

アユミ:それめっちゃ思います!

 

イケ:自分の思いが強い人間なんだよね。元々の、絶対的に信じたい価値みたいなものが一番大切で、世の中がこうだから、人がこう思うからってのはそれよりずっと下の優先順位なんだと思う。

 

そう。仕事をしていても、人からの見え方を考えること、例えば「パワーポイントを見やすく作ること」や「人の心を掴むスピーチをすること」は、かなり苦手だと思う。ただ、幸か不幸か僕は相当な「優等生」であり、人の教えを学ぶこと、コピー能力はそこそこあると自負している。受験勉強が上手くいったのも、結局は大量の反復練習から本質的に重要なことを見いだせたからであって、今はそれを仕事に応用しているに過ぎないのだ。

 

ハジメ:我ながら、その通りだと思う。だから『よばなし』の見せ方とか広め方とか、マジわかんないんだよね。

 

イケ:顔とか出すと、リアリティがあっていいんじゃない?インターネットの対談記事とかでよくある、顔とLINEのやり取りみたいな形式で表現してるやつ。

 

ハジメ:それはねえ、すごく迷ってる部分なんだけど…。学生時代に『僕らのガチ飲み』っていうさし飲み対談企画をやってて、そこではリアリティとかわかりやすさを追求しようって思ったこともあったけど、俺がそういうリアリティみたいなものに興味ないなって思ったから。だからたぶん、やらないと思う。

 

よばなしは小説だ。僕は最近そう思うようになった。確かに事実に基づいてはいるのだけど、本当にあんな夜があったのかどうか定かではない、フィクションとノンフィクションの境界線上にある物語。ただそんなコミュニケーションがあったことをふんわりと伝えるコンテンツ。だから僕はこの場所では、ジャーナリストでも、ライターでも、記者でもないのだ。 

 

ハジメ:この前、会社のメディアで すげーヤツに憧れて、なんにもできずに悩んでいた、あの頃の僕へ。- One JAPAN 交流会レポート(前編) という記事を書いたんだけど、それを読んだアユミちゃんに「ハジメさんはレポートとかライター的なことをするより、好きなことを書いた方がいいですよ」って言われたんだよね。

 

イケ:その心はどういうもので?

 

アユミ:親しい人にライターの人が何人かいるんですけど、ライターの仕事って、情報を的確に伝達することなんですよ。でも、ハジメさんって自分の表現したいことがめちゃくちゃあるから、そもそもやってることが違うんです。だから、好きなことを好きなように書いた方が、文体として合ってると思う。なんか読んでてめっちゃウケたんですけど、イベントの内容はそこそこに、自分の話しかしてなくて。レポートじゃねえじゃん!ってツッコみました。

 

イケ:なるほどね。俺もその記事読んだけど、個人のブログの記事とか貼り付けてて、昔からハジメのことを知ってる俺なんかは「あ~あの話ね」ってわかるんだけど、まったく知らない人が読んだら「こいつヤバいヤツだ」って感じると思うんだよね。意識してやってる部分、無意識の部分があると思うんだけどさ。

 

ハジメ:意識的かどうかの話で言うと、ほぼ自覚してると思うよ。昔、書きたいことがあっても人にどう思われるかが怖くて書けなかった時代があって、それでずいぶん悩んだけど、今はもう、いいやって思う。

 

僕がやりたいことは、世界の全員を自分のメッセージで動かすことじゃない。僕と話して、僕の書いたものを読んで、ちょっとだけ前向きに生きようって思ってくれる人に、ちゃんと自分自身を届けること。だけどそのためには、なるべくたくさんの人にリーチしなきゃいけない。だから、読んでどう思われるかという悩みは、もう捨てることにした。メディアとして掲載したいものと、僕が発信したいものの折り合いがつかなくなったら、その時はその媒体では書かないというだけだ。

 

何かをやってみたいと思い立った時、自分が誰かにもたらすことができると確信した幸せの総量が、別の誰かから嫌な思いをさせられるかもしれないという恐怖の総量を上回った時、人は自由に、何かに縛られることなく生きられるのだと思う。

 

 

 

成長ってなんですか

 

 

 

イケ:サヤカちゃんは、来年からどういう仕事をするの?

 

サヤカ:テレビ局の制作部門です。特に演出ですね。ディレクターの役割が番組の内容をつくることだとしたら、演出はそれをどう映像で見せるかを考える感じです。昔から形にすることが好きで……。自分はディレクターではないなって思ってます。今日は、私以外はみなさん社会人の方だと思うんですけど、普段はこんなに社会人の方に囲まれることが多くなくて。就活前にこういう場所があったら、また違ったかなって思いました。自分の話をしてもいい場って、普段そんなにあるわけじゃなくて、唯一あったとしたら、それは就活だったけど、そこでは共感は無かったから。

 

イケ:この集まりは社会人のスタンダードじゃないからね。

 

アユミ:相当エクストリームな層ですよね。

 

サヤカ:私から社会人のみなさんに聞きたいんですけど、仕事の成長ってなんなんですか。できることが増えることですか。

 

サヤカちゃんが発した問いに、「社会人」たちはそれぞれ頭を捻る。最初に回答ボタンを押したのはイケちゃんだった。

 

イケ:仕事で成果を出すって「成長」だと思われがちだけど、俺はそれが本質的な目標じゃないって思ってて。仕事をして、周りの人を大事にできる自分の状態をつくりだすこと、例えばお金をもらうとか、家庭を支えられる存在になるとか、そういうことが大事だと思うんだよね。

 

ハジメ:俺は自分をより深く理解できるってことが成長かなと思ってる。で、それは仕事でしかできないことかなとも思ってる。なぜなら、仕事っていうのは、公務員なら国家のために、民間企業ならお客さんのために、何かをしなきゃならないっていうことで。それって、自分の意志と無関係にあるから、自分がまったく想定しなかったことが降ってくる。苦手なことをやることもあるかもしれない。そんな中で、「この自分をどう動かそうか?」と考えていると、自分自身のことがわかってくると思うんだよね。強制的に与えられる場で、いろんな自分を発見できて、それが成長っていうことかなと思ってる。

 

アユミ:新卒で入社して半年くらいは、それなりに稼げるようになるとか、会社で重宝されるようになるとか、そういうことを目指してたんですけど、それって意外と簡単にできちゃうことなのかなって思って。私はいつかものが書きたくて、そういう長期的な野心を、働く場所とは別に持てたらいいのかなって今は思ってます。でも、サヤカちゃんが入社する会社でやることが、自分のやりたいことと重なっていたら、それでいいと思うよ。

 

サヤカ:今は、自分のやりたいことだと思っているから会社に入るわけで、みんなそうなのかなって思ってたんですけど。

 

イケ:あ、少なくとも俺は違ったよ。コンサルティング業務って、計画を立てたり、細かいところまできちっと考えたりすることが大事で、俺はそういうことが苦手だったから、最初はやりたくないことをやらなきゃと思って入ったかな。やりたいことを見つけていくっていうプロセスより、これは俺には無理だっていう、やれないことを決めていくのが、良いんじゃないかって思う。

 

ハジメ:イケちゃんらしいね。もしサヤカちゃんが俺に似てるとしたら、消去法タイプじゃないかもしれない。ていうのは、好き嫌いがはっきりしている人と、そうでない人がいると思ってて。八方美人っていうことは、あんまり苦手なものが無いってことだから、そうなると、あんまり消去法にならないタイプかもしれない。

 

イケ:俺もある意味それが正しいと思うよ。どこにでも行けるっていうか、自由人な感じがするんだよね。それができるなら、俺もそうありたい。

 

そんな風に話をするうちに、いつの間にか、お店には僕たち以外のお客さんはいなくなっていた。

 

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さっきよりも随分と暗く、そして賑やかになった池袋の通りを、サヤカちゃんと並んで歩く。

 

「今日は、どうだった?」

 

「私、まだまだだなぁって。みんな、思ってることを言葉にできててすごいなぁって。そう思いました」

 

僕は、談笑しながら前を歩くアユミちゃんとイケちゃんを見やった。

 

「正直、あの二人は特別だと思うよ。あれだけ自分の気持ちを言葉にできる人は、なかなかいない」

 

「でも」と、サヤカちゃんは自分の言葉に合わせて頷きながら、続けた。その目はきらきらと輝いていた。

 

「すごく楽しかったです !」

  

今日の『よばなし』が、みんなの中に何かを残してくれたのなら、僕にとってそれ以上に嬉しいことは無いなと思う。 

 

 

(おわり)

 

 

 


 

 

 

今回は、こちらのお店を使わせていただきました。とてつもなく美味しく、良い雰囲気のお店でした!

 

馬車に乗ったモッツァレッラ

 

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13008919/

 

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第1話

「自分が面白くないってバレるのが怖くて、周りに合わせてた」

 

 

 

【第1話の登場人物】

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

ショウちゃん:僕が大学生だった頃に、ブログ 『Rail or Fly』 を介して知り合った友人。金融の仕事をしている。

 

ソーシくん:ショウちゃんと同じく、僕が大学生だった頃に『Rail or Fly』を介して知り合った友人。とある都市の市役所で働いている。

 

ホナミン:僕が書いているブログ 『忘れられても。』 を介して知り合った大学生で、第2話 に登場するサヤカちゃんの友人。来年からは僕と同じ会社で働く予定。

 

 

 


 

 

 

7月の最終土曜日が都民にとって大切な日であることを、僕は東京に住むようになってから知った。そう、隅田川花火大会である。

 

―関西で言えば、さしずめPLの花火大会か。宇治川の花火大会は行ったことあるけど、PLは観に行ったことなかったなぁ。

 

夕立にきらきらと光る古書店街を歩きながら、僕はぼんやりとそんなことを思い出していた。

 

2017年7月29日、隅田川から中途半端に遠い神保町に、花火とは無縁の男たちが、集結しつつあった。

 

『東京よばなし』の記念すべき第1回目の幕が、驟雨をついて、上がろうとしていた。

 

 

 

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第1話

 

 

 

神保町の名物喫茶店の一つ『壹眞珈琲店』の角を曲がって少し行くと、そのお店はあった。

 

『ビストロ アリゴ』の一階部分は八百屋や酒屋のように道路に面して広く開かれていて、そこから厨房が丸ごと見えるつくりになっており、店員さんが元気よく「いらっしゃいませ!」と通行人に声をかけている。

 

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『アリゴ』の玄関口


―これは、素敵なお店間違いなし。

 

僕は自分のお店探しの嗅覚にほくそ笑むと、その大きな入口に足を踏み入れた。 

 

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二階は畳になっている

  

二階に通されてしばらくすると、今日のメンバーが続々と階段を上がってきた。

 

ショウちゃんは、九州出身の金融関係の営業マンだ。大学は四国、就職してからは名古屋、そして東京と、だんだん東に進出しているのがおもしろい。

 

ソーシくんは、北信越からわざわざ高速バスに乗ってやって来てくれた。普段は市役所で働く、柔らかい雰囲気の青年である。

 

ホナミンは、大学院の修士2年。出身は名古屋だが、大学は京都で数学を、大学院からは東京で経済学を学んでいる。来春からは、広告会社で働く予定だ。

 

おっと、自己紹介が遅れた。僕の名前は…ハジメ、としておこう。とある広告会社で働いて4年目になる。この「東京よばなし」の発案者だ。

 

生ビールが運ばれて、いよいよ『よばなし』が始まった。

 

 

 

 

 

誰かと誰かの狭間で

 

 

 

ハジメ:ショウちゃん、コワモテやんなぁ。

 

ショウちゃんは、土曜日にもかかわらず仕事帰りのようで、この夏のど真ん中にスーツをびしっと着込んでいる。ガタイもよく、髪はオールバックにしており、非常にイカツイ雰囲気を醸し出している。

 

ショウ:よく言われますけど、僕はカワイイキャラですよ。

 

ソーシ:どこがですか!

 

ソーシくんからすかさずツッコミが入る。出会って1分も経っていないが、それでも誰も賛同しないであろうネタだ。

 

ショウ:まあ、営業なんで、そう見せている部分もあるんですけどね。怖いとか、年上っぽく見せるとか。

 

ハジメ:そうなん?年上に見られるとか、そういうのは嫌じゃない?

 

ショウ:お客さんに夢を見させてあげるのが営業の仕事かなって思うんですよね。だから、嘘にならない範囲で、ストーリーをつくる。親くらいの年齢の方が相手だったら、例えば自分の親が「最近頭痛がする」と電話してきたことを元ネタにして、「そういえば私の母親も最近身体の調子が悪くて。息子としても親の心配をしてしまうから、何かしら資産形成みたいなものがあると安心なんですよ」みたいなことは、言ってあげたらいい。

 

ハジメ:そこに罪悪感とかは感じない?

 

ショウ:うーん、仕事ですから。割り切ってますよ。

 

僕は、自分が広告会社でテレビの仕事をしていた時のことを思い出していた。広告会社というのは、クライアントとメディアの板挟みになる仕事である。クライアントはテレビの広告枠を安く買いたいと言い、メディアは高く売りたいと言う。その狭間を、グレーな色を白と言ったり黒と言ったり、さまざまな方便を使って切り抜けていたなぁと。

 

僕は元々、嘘のつけない人間だ。嘘をつこうとしても、絶対に顔に出てしまう。だから、なるべく嘘をつく必要がないように、仕事をしようと思っていた。必ず誰かと誰かの狭間にいることになる広告会社は、自分には向いていないのかもしれない。そう思ったことも、二度や三度ではなかった。

 

 

 

自分のキャラクターってなんだ

 

 

 

ホナミン:ハジメさんは、自分が広告会社に合っていると思いますか?

 

ハジメ:コミュニケーションという意味で言えば、どんぴしゃではないと思うよ。広告代理店っていうのは「最大公約数にウケるもの」を開発することで大きくなってきた会社だと思うし。例えばこの前、会社の飲み会で「最近ハマってるものとかある?」って聞かれて「そうですね、源氏物語光源氏の感じ方にすごく共感してます」って言ったら、「光源氏ってアイドルじゃねーのかよ」って言われて、なんだろう、寂しい気持ちになったんだよね。

 

ホナミン:コミュニケーションが大味になってしまうというか。みんなが同じ味付けを楽しめるようなコミュニケーションになりがちなんですね。

 

ハジメ:そうだね。でも、広告会社に入ってよかったなと思うのは、「みんなが楽しめるコミュニケーション」も、それはそれで楽しいって思えるようになったことだね。

 

特に、いつでも宴席を盛り上げることに血道をあげている、テレビ担当の仕事をやったことは、僕にとって大きな転機だった。飲み屋やカラオケで繰り広げられる、いつ果てるともしれない宴の時間を、彼らは死ぬ気で楽しんでいる。何もかもを忘れて空っぽになる時間も、悪くないものだ。

 

ハジメ:それで言うと、ソーシくんは元々そういうパーティーっぽい感じも好きだよね。

 

ソーシ:そうですね、僕は「本当の自分」について考えるというのをやめていて。どこかの本で『分人』というコンセプトを読んで、その通りだなと思って。ある場所での自分の楽しみ方と、別の場所での楽しみ方は違っていて、それでいいんじゃないかと思うんですよ。だから、アホになって楽しめる場もあれば、深い話ができる場もあっていい。

 

『分人』というのは、作家の平野啓一郎氏が提唱している、「統一された、一貫した一つのアイデンティティ」という意味合いでの「個人」に対して、「その場その場で調整されたバラバラの顔を持つ存在」という意味の、新しい人間像である。

 

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

 

ソーシ:実は、僕は高校くらいまでずっとふざけてる組でした。それで言うとハジメさんとは真逆ですね。転機は大学に入った頃だったと思います。寮に入って、他の大学生たちと暮らすようになって…。そうすると、真剣に話し合わないと解決しないことがたくさん出てくるんですよ。それから、一対一で人と話すようになったんですね。

 

ソーシくんは、訥々と語った。

 

ソーシ:一対一で話すと、自分をすごく意識するじゃないですか。高校までは、そうやって自分を意識するのがすごく怖くて。自分が全然おもしろい人間じゃないって相手にバレちゃうんじゃないかって。そんなことせずに、周りから見られているキャラのまま過ごしていれば、平穏に暮らせる。でも、その大学の寮で、いろんな人と一対一で話さざるをえなくなって、そのおもしろさがわかってきた感じですね。

 

ショウ:その「見られてるキャラで振る舞う」っていうところ、すごくよくわかります。こういう飲み会の場とかでも、最初に顔を合わせた瞬間に、「あ、今日はこういうキャラでいこう」って思ったりするじゃないですか。

 

ハジメ:今日は思わなくていいけどね。

 

僕の友達が言っていたのは、この『よばなし』という企画は、世の中から遠く離れた場所で語られるという意味で、「世離し」でもあるのだと。人に気を遣ったり、取り繕ったコミュニケーションをしたり、そういうことは考えなくていい場所なのだ。もちろん、ショウちゃんは最初みんなを和ませるために「カワイイキャラ」というツッコミどころを作ってくれたのだろうけど。

 

ショウ:当たり前ですけど、今日は違いますよ。だけど、普段はそういうことは往々にしてある。そういう時に、一対一だと、ちゃんと自分を見せられたりするんですよね。ほら、ハジメさんがブログで書いてたじゃないですか。「好きな子と2人で飲みに行けば良さはわかってもらえる」って。

 

ショウちゃんの言葉に、他の2人も「あー書いてた書いてた」と反応する。そういえば、そんな記事を昔書いたような気がする。自分が忘れていた文章を、周りの人はみんな読んでいて、それを覚えている。それは、幼い頃の自分の写真を見せられた時のような、少し恥ずかしくて、だけどなんだか懐かしいような、嬉しいような、ふわふわした気持ちだった。

 

ハジメ:みんなが求めているキャラクターどおりに振る舞うと、すごく楽なんだよね。会社では、周りの人に対して「表面的じゃない、その人自身の部分」に興味を持っている人はごくわずかだなぁと思う。でも、自分のテーマとして、そういうのを全部解体したいっていうのがあるんだよね。

 

僕は、ごく個人的な趣味として、会社で所属している野球部の試合の様子や、会社の人と行った登山や旅行の様子を、文章にして参加者に共有するということをやっている。それは、もちろん自分が文章を書くのが好きだということや、一緒に何かを楽しんでくれた人への恩返しということもあるけれど、一番大きいのは、「この人は実は会社の外でこんなことをやっているんだ」「実はこんなことが好きで、こういう話をする人なんだ」ということを、少しでもいろんな人に知ってもらいたいからだ。

 

この『よばなし』の少し前、2017年7月期の『ウチの夫は仕事ができない』というドラマの第1回を観て、僕は号泣していた。会社という場所では、「仕事ができるかどうか」が、ともすればその人の人間性のすべてになってしまう。ものすごく甘い考えだろうけど、僕はそんなふうに人を見たくない。サラリーマンである前に、人間なのだ。いくつになっても、僕は人をまっすぐそのまま見ていたい。

 

自分の書く文章で、身近な人たちがちゃんと生きているんだっていうことを書き残して、その人たちどうしが少しでも「ああ、この人はこういう人なんだ」って思ってくれたら、僕は本望だ。

 

 

 

金融の会社に行かなかった理由

 

 

 

ハジメ:ホナミンは何を勉強してるの?

 

ホナミン:経済学ですね。学部の時は数学を勉強してたんですけど、大学院では計量経済学を専攻してます。金融系でクォンツの内定ももらってたんですけど、辞退して広告会社に入ることにしました。

 

クォンツというのは、株式などを数学的な考え方に基づいて分析し、利益をあげていく専門家のことだ。ホナミンはなんでもないことのように語っているが、実際になれる人間の数は非常に限られている。おそらく、日本でクォンツとして1年間に採用される人の人数は、同じ1年間に東大の医学部に受かる人間の数よりも少ないのではないだろうか。

 

ホナミン:その金融の会社を辞退する時に「お前、今から他の会社を受けるリスクとか考えてるのか?」と言われたんですけど、まったく考えてなかったなぁと。散々研究でリスク分散とかやってきたはずなのに、これまで何を学んできたんだって感じですよね。

 

ショウ:クォンツなんて、誰でもなれるわけじゃないのに、なぜ辞退したんですか?

 

ホナミン:内定者懇親会に出た時に、やっぱりお金に興味持ってる人が多くて。「俺は年収1億円を目指す」「俺は5000万くらいで良いかなぁ」みたいな話をしてて。そういう価値観の場所なんだと思って、自分はここじゃないのかなって思ったんですよね。そうやって一度ゼロベースで考えてみて、やっぱり自分はコミュニケーションが好きだし、何かをつくるのが好きだし、数字のことも一応わかるし、じゃあ、文系的なことも理系的なことも仕事でできる広告会社かなって思って。

 

大学3年生の頃、絶賛自分探し中かつ人生史上最高に意識高めだった僕は、外資系の金融やコンサルを片っ端から受けて当たり前のように撃沈し、自らの及ばない世界のことを痛感していた。その時の僕が見たら、ホナミンはとてつもなく羨ましい存在だっただろう。しかし、今思うのは、結局どれほどの選択肢が用意されていようと、水が低いところに流れるように、人は自分に合った場所に落ち着いてくるということだ。

 

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メイン料理のステーキ。撮影:ホナミン

 

 

 

数式は言葉と同じ

 

 

 

ハジメ:ホナミンの勉強する原動力ってなんだったんだろうね。

 

ホナミン:んー、シンプルに言えば恩師の言葉ですかね。小学校の時、ちょっと他よりはできる子だった。それで友達が塾に行きだして、連立方程式とか、四字熟語とか、自分の知らないことを言ってくるんですね。で、知らないのが悔しいから、勉強していた。そうしたら、ある日先生から「お前、東大か京大目指せ」って言われて。卒業式の時も「お前は東大か京大しか許さん」ってその先生から言われて。大学受験をする時、なんだかんだ言ってその言葉が頭にちらついて。結局京大の理学部に行くことになるわけですけど、自分が目指す場所を早いうちに示されたことは、今となってはよかったのかなと思います。

 

ホナミンと僕は、学年こそ違えど大学・学部がまったく同じだ。今思い返すと、京大の理学部には、相当濃厚な人間が集まっていたように思う。入学手続きの日、列になって順番を待っていると、僕の前に並んでいた寡黙そうな男が、10秒に1回くらいの頻度でルービックキューブを高速回転させては絵柄を揃えるという芸当を、誰に見せつけるわけでもなく繰り返していて、僕は「ああ、ヤバいところに来てしまったなぁ」とゾクゾクしたものだった。

 

ホナミン:理学部、ロマンありますよね。僕はやっぱり数学が好きで。化学とか物理とか、だいたい数式で書けるんですよね。数式を見ると、そこに何かしらの意味が詰め込まれている。数式は全部の根本なんですよね。じゃあ、数学やるか、みたいな。

 

僕は、大学のクラシックギター部の先輩のことを思い出していた。工学部の大学院にいながら小説家を目指していたその先輩が口ぐせのように言っていたのは、「E=mc^2という式にも、アインシュタインの世界の見方が凝縮されている。客観的なものは何一つない」という言葉だった。

 

無味乾燥に見える数式にも、意味が込められている。人が理学を志す理由は、世界を理解したいという気持ちであり、そのためのツールが数字や数式なのだ。それはちょうど、作家が人を理解したいと願い、そのための手段として言葉を用いるのと、そっくり同じなのだ。

 

ホナミン:でも、文系も楽しそうとか、文系コンプレックスみたいな気持もあります。それは、自分を規定したくないからかもしれないですけど。就職活動であるじゃないですか、「あなたを一言で表すと?」みたいな。僕、自己評価がものすごく高いんで、「いやいやいや、これだけじゃないから。氷山の一角だから」とか思っちゃうんですよ。「理系なんですね」みたいに言われるとすごく嫌で。だから、自己紹介するのも嫌いだし、理系・文系みたいなのも無いと思ってるし。留学に行ったのも、たぶんそれが理由なんですよね。

 

ホナミンは、イギリスに留学して、現地のパブでドラムを飛び入りで叩いたことがきっかけで声を掛けられ、ビートルズのお膝元で1年間バンドをやっていたというエピソードを持っている。器用な男だ。

 

ハジメ:それって、さっきのキャラクターの話にも通じるよね。一つに決められたくない、でもそう振る舞っていると楽、みたいな。

 

ホナミン:そう。もちろん、あるんですよ。理系っぽい、文系っぽい、そういう雰囲気って。でも、僕だけは違う!みたいなエゴがあるんですよね。

 

 

 

田舎にいたくなかった

 

 

 

ホナミン:留学の話をちょっとしたんですけど、みなさんは海外旅行とかしますか?

 

ソーシ:休学して、モロッコとか、8カ国くらいを回ってました。イスラム圏だと、「旅人はもてなさなければならない」っていう教えがあって、すごく手厚く扱ってくれるんですよね。でも、旅を始めて3カ月くらい経った時に、なんか生きてる感じがしないなぁって思っちゃったんですよね。自由に使えるお金や時間があって、でも社会に属してないというか。それで、1年行くつもりだったんですけど、半年くらいで帰ってきちゃいました。

 

僕が大好きな沢木耕太郎氏の『深夜特急』という本の中に、「旅人というのは、結局はその現地の生活や社会に所属できず、流れてゆく存在でしかない」という旨の記述がある。ソーシくんの話は、僕にそのことを思い出させた。

 

ショウ:僕は海外旅行とか行ったことないですね。ドメスティックな人間なので。正直に言うと、この中で一番普通の人に近いのは、私だと思いますよ。ちょっと変わった経験って言っても、休学してキャバクラで黒服として働いていたくらいで。

 

ソーシ:似合う!

 

ホナミン:おもしろそう!

 

ショウ:おもしろかったけど、大変でしたね。北九州だったし、怖い人たちもよくお店に来てました。一緒に働いていた友達はベンツ買って乗り回したりしてて…。まあ、お金を稼ぐためにやったんですけど、いい経験でした。

 

時折入る仕事のメールに対応しながら、ショウちゃんは語る。

 

ショウ:自分の高校では、大学に行ったのは100人いたら8人くらいで。故郷にはいわゆるマイルドヤンキー的な人たちしかいなくて…。田舎のゆるい感じというか。ずっと同じメンツで遊んでいて、ずっと同じ話をしていて。自分の中には、ずっとそこに対する反発があった。だから、東京までやってきたんだと思います。

 

僕がショウちゃんと知り合ったのは、自分が京都で大学生をやっている時だった。その時から、とても向上心が強く、「絶対に成功してやる」という気持ちを持った人だなぁ、と感じていた。その理由はこういうところにあったんだと、僕は今になって知った。

 

 

 

みんなが集まる場所をつくって

 

 

 

ソーシ:海外に行って思ったのは、外国には「みんなが集まる場所」がある、ってことなんですよね。広場なり、教会なり。昔だと、日本でも神社とかお寺とかがその役割を果たしていたのかなって思うんですけど、今はそういう場所がないなあって。で、それを作るとしたら、行政の役割なんじゃないかなと思って、それで市役所に入ったんですよね。

 

ホナミン:井戸端会議の井戸端が、今は無いですもんね。

 

ハジメ:ある種この『よばなし』もそういう場の一つかもしれない。

 

ソーシ:でも、普通の人の声を聞くのが、一番難しいんですよね。地方創生は取り組んでくれる人とそうでない人の差がものすごく激しい。本当に普通の生活をしている人たちからしたら、地方創生なんてどうでもいいことなのかもしれない。でも、僕が聞きたいのは普通の人の声なんです。

 

ハジメ:優しいね。「自分の地域を盛り上げたい」なんて夢にも思っていない人たちがいて、それでもその人たちの話こそ聴くに値するものなのだって、ソーシくんは思ってるわけで。

 

ソーシ:優しいんですかね……。

 

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ハジメ:ソーシくんは、長野でもこの『よばなし』みたいなことをやってるんだよね。

 

ソーシ:そうですね。普通に生きている、いろんな人たちのことをインタビューしたいと思ってます。でも結局、そういうことを言って集まってきてくれるのは、その町で有名だったりする人なんですよね。

 

正直に言えば、この『よばなし』だって、「普通の人」が集まっているとは言い難い。ショウちゃんがいみじくも看破したように、ソーシくんもホナミンも、十二分に「すごい人」だ。それは、ここまで読んでくれた方なら、よくわかると思う。そしてその批判は、僕に対しても向けられるものだと自負している。そもそも、こんな企画をやろうなんて時点で、「普通じゃない」のだ。

 

だけど、「普通の人」とか「すごい人」とか、そういうのを全部排除して、ただその人だけを見て話をしたいという気持ちは、僕の中にずっとある。

 

僕が『よばなし』をやりたい理由は、それだけだ。

 

世の中の人たちが、歪みや先入観なしに、ひたすらしゃべったり笑ったりできるような場所があればいい。

 

ハジメ:実は、一番最初に『よばなし』を構想した時は、「他の場所では話せない、ニッチな価値観や悩み」を話す場所やと俺は考えてたのね。でも、最近は、ここで何を話したっていいやって思う。それこそ、最初にあった「ショウちゃんがカワイイキャラかどうか議論」みたいなアホな話でもいいし。ただ、4人で話すということだけ、決めていればいいって。

 

ホナミン:これは僕の私見なんですけど、みんな「他の人が飲み会で何話してるんだろう?」って思ってると思うんですよ。それこそ、ソーシさんの言っている普通の話というか。だから、『よばなし』は需要があると思いますよ。東海テレビの深夜枠に『千原ジュニアのヘベレケ』っていう、ただひたすら千原ジュニアさんが飲んでる番組があって、それはもう死ぬほど見てますね。お店を3、4軒回るんですよ。僕も家でそれを観ながら、1軒目で缶ビールをプシュ、2軒目で缶ビールをプシュ、みたいな。

 

ホナミンの話に、みんなが笑った。それは、とてもあたたかくて、居心地の良い笑いだった。

 

 

 


 

 

 

 

思えば僕は、人に自分のことをわかってもらえないということについて、ずっと悩んで生きてきた。それは、高校の時に「おもしろくない自分は受け入れてもらえない」という自意識に取りつかれ、ずっとその気持ちに引きずられてきたからだ。

 

だけど、最近思っている。わかられるとかわかられないとかより、人と楽しい時間を過ごせるかどうかの方がずっと大切だって。わかってもらえなかったとしても、思い切って自分のことを全部見せてしまえば、相手は絶対に楽しくなってくれるんだって。

 

『よばなし』が、みんなにとって「楽しい時間を過ごせる場所」になってくれたらいい。きっとなってくれる。

 

僕は、確信に満ちた足取りで、雨上がりの古い街並みを縫うように歩いていった。あちこちにできた水たまりが、夏の夜の神保町を映し出していた。

 

いたずらっ子のようにスニーカーで水面を乱しながら、僕は駅へと向かった。 

 

 

 

(おわり) 

 

 

 


 

 

 

今回使わせていただいたお店はこちらです。

 

ビストロ アリゴ

 

料理も美味しくて、とても素敵な雰囲気のお店でした!ありがとうございました!

 

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