#2 「自分が醒めちゃわないもの、勘違いし続けられるものが欲しいんです」

【第2話の登場人物】

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

アユミちゃん:僕の会社の同僚で、広告戦略を考える部署にいる。

 

イケちゃん:僕がかつて共にシェアハウスをしていた友人で、第3話 に登場するジュリちゃんの友人。コンサルティング会社に勤めた後、現在は独立。

 

サヤカちゃん:第1話 に登場したホナミンの友人で、大学生。来年からテレビ局で働く予定。

 

 

 


 

 

 

いけふくろうから地上へと続く階段の天井は低く、土曜日の夜に人々はわずかな空気を求めてひしめき合っていた。

 

東口に出ると、ロータリーにはいつものように献血を求める車が停まっていて、その向こう側では情緒の欠けた池袋の街が光を放ち始めていた。

 

10月7日、18時45分。

 

煌めく繁華街を右手に見やりながら、予約したお店へと急いでいると、前を歩く女性の後ろ姿に、見覚えがあった。

 

「サヤカちゃん?」

 

サヤカちゃんはゆっくり振り向くと、「ハジメさん!」といつもの屈託のない笑顔で応じた。大学4年生の彼女は、人間がモノやサービスを使う上でどんな設計が使いやすさに繋がるのかということについて、大学で学んでいる。

 

「お店、このあたりですよねえ」

 

サヤカちゃんの不安げな声に、僕は周囲を見渡す。繁華街の灯りから離れ、目の前の一角を占める小さな公園に不釣り合いな高い植木の葉が道路にはみ出し頭上を覆っているこの辺りは、いかにも世をひねた人間たちが迷い込みそうな場所だった。

 

「あ、見つけた」

 

夜目に浮かび上がったのは、ブルーの庇に描かれた、踊るような白抜きの文字。

 

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―また、今日も当たりのお店を引き当ててしまったようだ。

 

溢れ出る名店の香りに僕がニヤニヤする横で、サヤカちゃんは「めっちゃ素敵です!」と歓声をあげている。

 

「あと2人は、先に入って待つとしよう」

 

「そうしましょう!」

 

僕たちは、暗く沈んだ路地裏に別れを告げ、あたたかく湿ったお店の地下へ、潜り込んでいった。 

 

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大学の2学期が始まり、卒論の準備に奔走しているというサヤカちゃんの話を聴いていると、アユミちゃんが到着した。何かに興味を持った猫のように、しげしげと店内を見回している。

 

「思ったんですけど、このお店、映画で使われてた気がします。タイトル忘れたんですけど」

 

「そうなの?さすが、詳しいね」

 

アユミちゃんは、僕の勤める広告会社の同僚である。世の中のいろんな事象をよく知っている彼女は、その好奇心の旺盛さを活かし、広告戦略を考える部署で働いている。

 

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懐かしい絵本の中にはメニューが綴じ込まれていて、僕たちがお店のいたるところに仕込まれた遊び心に夢中になっているうちに、最後の1人、イケちゃんが到着した。

 

「悪い!遅くなった!」

 

今はフリーランスコンサルティングの仕事をしているイケちゃんは、かつて僕と一緒にシェアハウスをしていた仲だ。当時は、早稲田のオンボロアパートに夜な夜な友人を呼び、語り合っていた。

 

役者は揃った。僕はしっかりと冷えたギネスのグラスを掴んで目の前に掲げる。次々と弾ける澄んだ乾杯の音が、今宵のよばなしの幕開けを告げた。

 

 

 

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第2話

 

 

 

逃れられない「家族」という呪い

 

 

 

ハジメ:こちらのサヤカちゃんは、『よばなし』のデザインとかもちょっと考えてくれてるよ。

 

アユミ:デザインできるんだ!私、美大のグラフィック出身なんです。絵はもはや描けないんですけど。

 

イケ:なんで美大に行こうと思ったの?

 

アユミ:親が美容院をやってて、手に職をつけなきゃっていう気持ちがあったからですね。

 

イケ:そういうのあるよね。俺もよく行くお店のバーテンダーの人に、「なんでバーテンダーになったんですか?」って言ったら、「両親が二人でバーをやってたから」って言ってて。

 

良くも悪くも、人には生まれついた家庭の「呪い」がかかっている。僕は、両親を初めとした親族のほとんどが教育系の仕事で生計を立てている家系に生まれた。今は、知り合いの方の紹介を受けて、とあるご家庭のお子さんの勉強を手伝ってあげているが、これも教師の家系に生まれついた自分の呪いだと思っている。

 

アユミ:最近インターネットでとある記事を読んだんですけど、それによると作曲とか数学とかの能力はほとんど遺伝ですね。執筆も遺伝が大きい。美術はそこまで遺伝が大きくなくて、それに驚いたんですけど。

 

アユミちゃんが、スマホを片手に記事を見せてくれる。人間の能力が、遺伝にどれだけ縛られているか、それを実感せざるを得ない記事だった。

 

ほとんどの人の人生は、遺伝や生育環境に影響を受けているのだ。それが順目に出るか、反面教師的に出るかはともかくとして。

 

僕は、両親に「好きなことをやって生きろ」と言われて育った。彼らは、そのためにいろいろな投資を僕にしてくれた。だが、結局のところ、「好きなことをやって生きる」ことは、僕にとってはとてもハードルの高い行為だった。そのことは、これまでにも個人ブログの記事 「良い子」という呪いを携えて生きるということ。 をはじめとして、いくつかの場所で書いてきている。

 

イケ:俺の友達も、ハジメと近いことを言っているかもしれない。家が自営業で、呉服店をやってるんだけど、勤め人ではなく好きなことをやって生きろって言われてて、それに苦しんでる気がする。

 

アユミ:ハジメさんのその話、聞くの3回目くらいですね。冗談はさておいて、前はなるほどって思って聞いてたんですけど、今回思ったのは、もしかしたら今ハジメさんがやっていることが、親が言ってた「好きなこと」なんじゃないかなぁって。よばなしもそうだし、文章を書くこともそうだし。たぶん、親御さんはそんなに深い意味で「好きなこと」ってワードを言ってなかったんじゃないかな。

 

アユミちゃんの言うとおりだ。親が何を言うかは確かに重要だが、より影響を与えるのは「自分がそれをどう解釈するか」なのだ。

 

サヤカ:私も、母の影響をめちゃくちゃ受けて育ったと思ってます。科学館とか、美術館とか、いろんなところに連れて行かれて、昔はその影響をあまり感じなかったけど、今は自分一人でもそういうところに行ったりするんですよね。でも、ハジメさんみたいに「好きなことをやれ」って応援してくれるってことはなくて、ほったらかしにされて、それが悔しかったです。

 

イケ:言葉にされなくても、部活の試合を観に来てくれたとか、そういう行動面での応援はあったんじゃない?

 

サヤカ:そう言われると……ありましたね。例えば、家の2階で掃除機をかけている母が、1階でピアノを弾いている私に「そこ違うよ」って言ってきたりして。その時はイラッとするんですけど、今思うと見てくれていたんだなぁって思いますね。私の中には、母を超えたいってのがあって。母だけでなく、お兄ちゃんも、友達も、超えたいんです。

 

ハジメ:お母さんが娘に、なれなかった自分像を押し付けるってのはよく聞くけど……。娘の方から超えたいっていうのは、ちょっと新しいね。

 

サヤカ:たぶんなんですけど、私は必要とされてる人間でいたいんだと思います。才能を発揮して、世の中から認められるような、絶対的な存在でいたいって部分もあるんですけど、それよりも、誰かに認められるとか、誰かから必要とされたいって思う気持ちが強いんです。

 

お母さんと同じ、友達と同じでは、人から必要とされなくなってしまう―。自分が必要とされる人間であるために、他の人を超えていきたい。それが、さやかちゃんの原動力の一つなのかもしれない。

 

 

 

やりたいことをやっていたわけではなく、こう生きることしかできなかった

 

 

 

アユミ:友達を超えたいって気持ち、すごいわかります。私は「自分にはデザインはできない」って美大で挫折してるから、同世代でデザインができて他にも才能があって美人で……みたいな女の子へのルサンチマンがやばいんです。みんなあると思うんですよ、嫉妬とか。

 

ハジメ:あるよね。俺も、学生時代から自分の夢を叶えるために起業してアプリつくってました!みたいな人を見ると、自分がそうできなかったことへの辛い感情が湧いてくるよ。

 

イケ:そういう気持ち、すごいと思う。ハジメがよく文章で書いてるテーマで言えば「何者にもなれなかった自分」みたいな。俺にはそういうの、無かったからさ。

 

アユミ:人と比べたり、しないんですか?ていうのは、モチベーションは何なんだろうなって思って。コンサルティングって、モチベーションが無いとできなそうな仕事だなって思うから。

 

イケ:モチベーションか。うーん。こう生きることしかできなかった、って言った方が正しいね。

 

サヤカ:やりたいことをやり続けていたら、いつの間にかこうなった、っていう感じですか?

 

イケ:いや、やりたいことをやるよりも、やりたくないことをやる方が、大事だと思ってたから。

 

アユミ:新卒からたった2年足らずで、独立に必要な力と人脈をつくるって、すごいと思います。

 

イケ:そうだね。人脈をつくるのは、割と得意なのかもしれない。本当は、あんまり人脈とか考えてなくて、知り合った人に親切に接しようって、それだけなんだけど。働き始めてから、時間も限られちゃったけど、できるだけ損得なしで人には会おうと思っているよ。そうしていると、人から相談を受けることが多くなって、いつのまにかその人と仕事してたりすることがあるんだよね。

 

  

 

自分が醒めちゃわないものを、ずっと探してる

 

 

 

イケ:「やりたいこと」の話なんだけど、ほとんどの人は、自分で面白いと信じられるものなんて、持ってないと思うんだよね。自分はこれがやりたいなんていう気持ちは、たいていは勘違いだと思う。

 

アユミ:私は、勘違いできるのも才能だと思っていて。美大にもたくさんそういう人たちがいました。社会的に成功するより、その勘違いを続けることが、そういう人たちにとってのゴールで、それはとても羨ましかった。私は、そういう風に勘違いし続けることができなかったから。

 

サヤカ:私は、面白いって、人から認められて初めて意味があることだと思います。

 

イケ:そうそう、だから、自分の才能を信じながら、人から認められる形にするっていう、両方の力が必要なんだと思う。

 

アユミ:もちろん、それも大事なんですけど、人にアドバイスされても勘違いし続けられるっていうのも、才能なんです。私は、自分でつくっててもすぐに醒めちゃうから。自分の中に絶対的なものが欲しくて。社会人になって、仕事で評価されても、それはそれでゴールが無いじゃないですか。

 

僕は、アユミちゃんの短歌がいくつかの新聞の歌壇に掲載された(編注:下記参照)ことを思い出していた。

 

 

ハジメ:最近、新聞に短歌が載ったと思うんだけど、あれは、掲載されて周りから良いフィードバックをもらってから、つまり、客観的な評価を得てからではなく、つくった瞬間に「あ、良いものができた」って、自分の主観で思えたの?

 

アユミ:そうです。私は、そんな風に主観で信じられるものを、ずっと探してるんです。自分が醒めちゃわないもの、勘違いし続けられるものが欲しいんです。

 

絶対的なアイデンティティ。自分にはこれがあるという、勘違いとも確信ともつかない強い感情。それをずっと探しているというアユミちゃんの言葉はとても切なくて、お店のあたたかい空気を切り裂いて、僕の心に突き刺さった。

 

 

 

イケ:自己実現と結婚って密接に関係していると思うんだけど、どう思う?っていうのは、結婚したらキャリアにおける自己実現欲求みたいなものが無くなるっていう人もけっこういると思ってて。

 

アユミ:私、これまでは結婚願望とか出産願望とか無くて、仕事とかそっちの方向で、後世に残せるものをつくりたいって思ってたんですね。

 

イケ:それはすごい!何かを後世に残したいなんて、なかなか思えないよ。

 

アユミ:だって人間の本能じゃないですか。子どもでも、作品でも、なんでもいいから、自分がうみだしたものが残ってほしいって。

 

イケ:社会人になってもそういう気持ちを持ち続けてるって、オブラートに包んで言うけど、ヤバいよ。

  

ハジメ:オブラートに包んでねえよ!

 

イケ:いや、アユミちゃんだったら受け止めてくれるかなって。

 

アユミ:大丈夫です。むしろ嬉しいです。で、なんだっけ。そう、前職の先輩が、仕事めちゃくちゃできる方なんですけど「私、今年結婚して子ども産むから」って言ってて。なぜですかって聞いたら「もう32で、ここからキャリアの世界で何かを残せるとしても、それは微々たるものだから。子どもの方が、社会に対するインパクトは絶対に大きいから」って言ってて、私はめっちゃ納得したんです。「子どもはかわいいよ」とか言われるより、ずっと「産まねば」って思いました。

 

イケ:そういうロジックなのか……すげえ。社会にどれだけインパクトを与えるかっていう、マクロな見方で物事を見るんだね。俺も昔はそうだったけど、今はミクロな見方で見てる気がする。結婚っていうことで言えば、親とか恋人とか、そういった身近な人の満足度を考えて、するかどうかを決めると思う。

 

アユミ:あ、でも、最後に背中を押されるのはミクロな方だと思います。私もその先輩の話を聞いて「これは産むことになるのかもしれない」って思ったくらいで。

 

イケ:俺の中の「良き人」の定義は、マクロとミクロのバランスが取れてる人なんだけど、新興宗教とかにハマってしまう人は、ミクロな方がものすごく強い人だと思うんだよね。でも、会社で上手くやっていくためには、ブランドとか「仕事ができる」っていう評価とか、そういうマクロな部分を利用しないといけないと思っていて。だから、マクロが強すぎると嫌な人になってしまう。そのバランスが取れてる人が、付き合いやすいと思う。 

 

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看板メニューの「モッツァレッラ・チーズ」

 

アユミ:仕事の自己実現と結婚が両立するのかっていうことについて最近考えてて、人によると思うんですよね。私は自分のことを「両立する可能性がある人」だと思ってて。さっきから話してる通り、元々はすごい野心家なんですけど、去年から猫を飼い始めて。事情があって、生後間もない猫を引き取って育ててるんですけど、そうしたらその子たちって私がいないと死ぬんですよ。そしたら、野心がちょっと減ったんですね。私が生きる意味がそこにあるから。

 

イケ:おもしろい話だな。

 

アユミ:みんな、そんな風に自分のいる意味を見出せるのかなって思ったんですけど、今の会社で私と同じく「広告業界で一旗挙げたい、世の中に何かをもたらしたい、野心まみれのヤベー奴」扱いされてる先輩と話したら、その人はそうではなくて、どこまでいっても満たされないらしくて。私は、自分を好きになりたいから、肯定されたいから、野心を抱いているんですけど、自分を絶対的に肯定してくれる存在がいたら、満たされちゃうんだなって。その先輩は満たされるとかそういうレベルじゃなくて、ひたすら上にいきたい、動き続けていないと死ぬ、みたいな。

 

イケ:マグロみたいな人だな。

 

アユミ:そう、マグロみたいに泳ぎ続けてないと死んじゃうんです。だから、自己実現にもいろいろあるんだなって。

 

イケ:なんで世の中に認められたら自分を肯定できるって思うの?

 

アユミ:私、いろいろと波乱万丈な幼少期を過ごしたんですけど、それをお金持ちの女の子にバカにされたことがあって。それがめちゃくちゃ悲しくて、本当に悲しくて。それで、私が世の中に生み出したものが、いつかその子に届いてくれって思っています。

 

 

 

すべての人に必要とされる人間でありたい

 

 

 

ハジメ:サヤカちゃんは、そういう忘れられない人いる?コイツに思い知らせたい、みたいなさ。

 

サヤカ:いないですね……。

 

アユミ:サヤカちゃんは自分のこと、好きですか?

 

サヤカ:嫌いって言っちゃったら終わりだなって思ってます。私はお人よしで、良い子でいようとする人間だから。全員に良い顔してたら、偽善者って言われて嫌われたこともあります。でも、直らないんですよ。

 

ハジメ:自我が無くて人の言うことを聞いてしまうタイプもあるけど、サヤカちゃんの場合は、性格なのかなと思って。具体的には、どういう行動をとっちゃうの?

 

サヤカ:例えば、大学の授業だと絶対にちゃんと出席して、人のノートとか写すことはしないし。人間関係も、誰に対しても同じように分け隔てなく接しちゃうし。

 

アユミ:その中でも濃淡はあるでしょ?例えば、恋人とかは特別だと思うんだけど。

 

サヤカ:もちろん、恋人は特別です。でも、自分のことをすごくよくわかってくれて、自分も相手のことをわかることのできる人が、他にいるかもしれない。極端なことを言えば、私のことを一番知っているのは父や兄なわけですよ。赤ちゃんの時から知っているので。

 

アユミ:お父さんとかお兄さんとかとの関係って、家族であり、無償の愛なわけだからなー。この世界にはたくさんの人がいて、その中から一人を選べって言ったら、これはもう一緒にいて情が湧くからでしかないと私は思ってるんだけど、サヤカちゃんは情が薄いのかもしれないなと思って。人に対してフラットすぎるんだと思う。だから分け隔てなく公平に接するし。

 

相当の良い子であり、フラット人間であることを自認する僕は、自分だったらどう振る舞うだろうかと考える。もし、サヤカちゃんが僕と同じタイプであるなら、特定の人を優遇することなく、誰から頼られたとしても、その人の期待に応えようとするはずだ。

 

ハジメ:たぶん、サヤカちゃんの究極的な目標は全人類に必要とされることなんだろうね。

 

サヤカ:そうだと思います。だから、最初の方で超えたいって言ったのも、大切な人より上に行きたいってわけじゃなくて、他の人よりも必要とされたいっていうことなんだと思います。人への身内意識が強くて、どんなことも他人事とは思えないし、物事の優劣がつけられないんです。さっき話した通り、人に対してもそうだし、お店とかも「ここ今まで来た中で一番良いお店だわ」って言う人が信じられなくて。いや、いろんなお店にいろんな良いところがあるでしょって思っちゃう。用事の優先度を付けるのも苦手です。

 

イケ:博愛主義の極致みたいな人だね。

 

アユミ:究極のダイバーシティですね。みんなそうだったら、戦争が無くなるのにね。

 

 

 

『よばなし』は小説だ

 

 

 

イケ:俺はハジメのことは昔から知ってるから、今日がどんな会になるのかなんとなく知ってたんだけど、二人はどんな会だと思って来たのか興味あるんだよね。二人とも自然にいろんな話してくれてるんだけど、俺とか初対面なわけだし、普通はそういうの、抵抗あるんじゃないかなって思ったから。

 

サヤカ:ハジメさんに任せておけば大丈夫かなって思いました。

 

『よばなし』という企画について、興味を持った人から「何を話すの?」ということはよく聞かれる。その都度「特に決めていないです」と答えると、「どんな方向に転がっていくのかわからないのって、主催者としてコンテンツにできるかどうか不安に思うことは無い?」と質問されることがある。

 

しかし、テーマはなんであれ、人とじっくり話す時には、必ずその人の人間性が浮き彫りになってくるものなのだ。それは、僕がこれまで数々の人と話をしてきた中で、辿り着いた真理である。だから、みんなに楽しくおしゃべりをしてもらうことさえ達成できれば、何を話そうが『よばなし』の目的は達成されるのだ。

 

そして、みんなが「話してみよう」と思ってくれるかどうかは、結局のところ、みんなが知っている唯一の参加者である「僕」のことを、どこまで信頼できるかにかかっている。僕に対してはなんでも話していいと思える、僕が呼んだ他の参加者ならきっといい人なんだろうと思える、僕が書く文章なら自分のことをきちんと捉えてくれるだろうと思える、そうして初めて「話してもいいんだ」と安心してもらえるはずだ。だから、サヤカちゃんの言葉は、シンプルだが的確に『よばなし』に参加してくれる人のマインドを表わしていると思う。

 

イケ:俺もハジメも昔は「自分と分かり合えるかどうか」をすごく気にしていたよね。今はだいぶそれが無くなったけど。こういう会に来る人は、やっぱり分かり合うことに価値を置いている人なんじゃないかって。

 

サヤカ:私は、人が考えていることにはすごく興味があるんです。なので、『よばなし』はおもしろそうだなって思いました。

 

ハジメ:誰が来るのか、何を話すのかについては、自由で良いと思ってるよ。この企画、ちょっとおもしろそうだなって思ってくれる人なら、誰でもよくて。4人で飲むっていう行為そのものが、おもしろいコミュニケーションをもたらしてくれると思ってるよ。 

 

4人という人数が、おもしろい飲みに繋がる。それは、昔から僕の中にあった直観だ。最近そのことについて 4人飲みはなぜ面白い?数学で考える飲み会の最適人数 という記事を書いたところ、NewspicksやTwitterでぼちぼち拡散され、「飲み会 人数」や「4人飲み」という検索ワードで1位になったので、興味のある方は読んでみてほしい。 

 

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メイン料理の大きなチキン


イケ:ハジメってさぁ、やっぱりビジネスの人間じゃないよね。宗教家っぽい。

 

アユミ:それめっちゃ思います!

 

イケ:自分の思いが強い人間なんだよね。元々の、絶対的に信じたい価値みたいなものが一番大切で、世の中がこうだから、人がこう思うからってのはそれよりずっと下の優先順位なんだと思う。

 

そう。仕事をしていても、人からの見え方を考えること、例えば「パワーポイントを見やすく作ること」や「人の心を掴むスピーチをすること」は、かなり苦手だと思う。ただ、幸か不幸か僕は相当な「優等生」であり、人の教えを学ぶこと、コピー能力はそこそこあると自負している。受験勉強が上手くいったのも、結局は大量の反復練習から本質的に重要なことを見いだせたからであって、今はそれを仕事に応用しているに過ぎないのだ。

 

ハジメ:我ながら、その通りだと思う。だから『よばなし』の見せ方とか広め方とか、マジわかんないんだよね。

 

イケ:顔とか出すと、リアリティがあっていいんじゃない?インターネットの対談記事とかでよくある、顔とLINEのやり取りみたいな形式で表現してるやつ。

 

ハジメ:それはねえ、すごく迷ってる部分なんだけど…。学生時代に『僕らのガチ飲み』っていうさし飲み対談企画をやってて、そこではリアリティとかわかりやすさを追求しようって思ったこともあったけど、俺がそういうリアリティみたいなものに興味ないなって思ったから。だからたぶん、やらないと思う。

 

よばなしは小説だ。僕は最近そう思うようになった。確かに事実に基づいてはいるのだけど、本当にあんな夜があったのかどうか定かではない、フィクションとノンフィクションの境界線上にある物語。ただそんなコミュニケーションがあったことをふんわりと伝えるコンテンツ。だから僕はこの場所では、ジャーナリストでも、ライターでも、記者でもないのだ。 

 

ハジメ:この前、会社のメディアで すげーヤツに憧れて、なんにもできずに悩んでいた、あの頃の僕へ。- One JAPAN 交流会レポート(前編) という記事を書いたんだけど、それを読んだアユミちゃんに「ハジメさんはレポートとかライター的なことをするより、好きなことを書いた方がいいですよ」って言われたんだよね。

 

イケ:その心はどういうもので?

 

アユミ:親しい人にライターの人が何人かいるんですけど、ライターの仕事って、情報を的確に伝達することなんですよ。でも、ハジメさんって自分の表現したいことがめちゃくちゃあるから、そもそもやってることが違うんです。だから、好きなことを好きなように書いた方が、文体として合ってると思う。なんか読んでてめっちゃウケたんですけど、イベントの内容はそこそこに、自分の話しかしてなくて。レポートじゃねえじゃん!ってツッコみました。

 

イケ:なるほどね。俺もその記事読んだけど、個人のブログの記事とか貼り付けてて、昔からハジメのことを知ってる俺なんかは「あ~あの話ね」ってわかるんだけど、まったく知らない人が読んだら「こいつヤバいヤツだ」って感じると思うんだよね。意識してやってる部分、無意識の部分があると思うんだけどさ。

 

ハジメ:意識的かどうかの話で言うと、ほぼ自覚してると思うよ。昔、書きたいことがあっても人にどう思われるかが怖くて書けなかった時代があって、それでずいぶん悩んだけど、今はもう、いいやって思う。

 

僕がやりたいことは、世界の全員を自分のメッセージで動かすことじゃない。僕と話して、僕の書いたものを読んで、ちょっとだけ前向きに生きようって思ってくれる人に、ちゃんと自分自身を届けること。だけどそのためには、なるべくたくさんの人にリーチしなきゃいけない。だから、読んでどう思われるかという悩みは、もう捨てることにした。メディアとして掲載したいものと、僕が発信したいものの折り合いがつかなくなったら、その時はその媒体では書かないというだけだ。

 

何かをやってみたいと思い立った時、自分が誰かにもたらすことができると確信した幸せの総量が、別の誰かから嫌な思いをさせられるかもしれないという恐怖の総量を上回った時、人は自由に、何かに縛られることなく生きられるのだと思う。

 

 

 

成長ってなんですか

 

 

 

イケ:サヤカちゃんは、来年からどういう仕事をするの?

 

サヤカ:テレビ局の制作部門です。特に演出ですね。ディレクターの役割が番組の内容をつくることだとしたら、演出はそれをどう映像で見せるかを考える感じです。昔から形にすることが好きで……。自分はディレクターではないなって思ってます。今日は、私以外はみなさん社会人の方だと思うんですけど、普段はこんなに社会人の方に囲まれることが多くなくて。就活前にこういう場所があったら、また違ったかなって思いました。自分の話をしてもいい場って、普段そんなにあるわけじゃなくて、唯一あったとしたら、それは就活だったけど、そこでは共感は無かったから。

 

イケ:この集まりは社会人のスタンダードじゃないからね。

 

アユミ:相当エクストリームな層ですよね。

 

サヤカ:私から社会人のみなさんに聞きたいんですけど、仕事の成長ってなんなんですか。できることが増えることですか。

 

サヤカちゃんが発した問いに、「社会人」たちはそれぞれ頭を捻る。最初に回答ボタンを押したのはイケちゃんだった。

 

イケ:仕事で成果を出すって「成長」だと思われがちだけど、俺はそれが本質的な目標じゃないって思ってて。仕事をして、周りの人を大事にできる自分の状態をつくりだすこと、例えばお金をもらうとか、家庭を支えられる存在になるとか、そういうことが大事だと思うんだよね。

 

ハジメ:俺は自分をより深く理解できるってことが成長かなと思ってる。で、それは仕事でしかできないことかなとも思ってる。なぜなら、仕事っていうのは、公務員なら国家のために、民間企業ならお客さんのために、何かをしなきゃならないっていうことで。それって、自分の意志と無関係にあるから、自分がまったく想定しなかったことが降ってくる。苦手なことをやることもあるかもしれない。そんな中で、「この自分をどう動かそうか?」と考えていると、自分自身のことがわかってくると思うんだよね。強制的に与えられる場で、いろんな自分を発見できて、それが成長っていうことかなと思ってる。

 

アユミ:新卒で入社して半年くらいは、それなりに稼げるようになるとか、会社で重宝されるようになるとか、そういうことを目指してたんですけど、それって意外と簡単にできちゃうことなのかなって思って。私はいつかものが書きたくて、そういう長期的な野心を、働く場所とは別に持てたらいいのかなって今は思ってます。でも、サヤカちゃんが入社する会社でやることが、自分のやりたいことと重なっていたら、それでいいと思うよ。

 

サヤカ:今は、自分のやりたいことだと思っているから会社に入るわけで、みんなそうなのかなって思ってたんですけど。

 

イケ:あ、少なくとも俺は違ったよ。コンサルティング業務って、計画を立てたり、細かいところまできちっと考えたりすることが大事で、俺はそういうことが苦手だったから、最初はやりたくないことをやらなきゃと思って入ったかな。やりたいことを見つけていくっていうプロセスより、これは俺には無理だっていう、やれないことを決めていくのが、良いんじゃないかって思う。

 

ハジメ:イケちゃんらしいね。もしサヤカちゃんが俺に似てるとしたら、消去法タイプじゃないかもしれない。ていうのは、好き嫌いがはっきりしている人と、そうでない人がいると思ってて。八方美人っていうことは、あんまり苦手なものが無いってことだから、そうなると、あんまり消去法にならないタイプかもしれない。

 

イケ:俺もある意味それが正しいと思うよ。どこにでも行けるっていうか、自由人な感じがするんだよね。それができるなら、俺もそうありたい。

 

そんな風に話をするうちに、いつの間にか、お店には僕たち以外のお客さんはいなくなっていた。

 

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さっきよりも随分と暗く、そして賑やかになった池袋の通りを、サヤカちゃんと並んで歩く。

 

「今日は、どうだった?」

 

「私、まだまだだなぁって。みんな、思ってることを言葉にできててすごいなぁって。そう思いました」

 

僕は、談笑しながら前を歩くアユミちゃんとイケちゃんを見やった。

 

「正直、あの二人は特別だと思うよ。あれだけ自分の気持ちを言葉にできる人は、なかなかいない」

 

「でも」と、サヤカちゃんは自分の言葉に合わせて頷きながら、続けた。その目はきらきらと輝いていた。

 

「すごく楽しかったです !」

  

今日の『よばなし』が、みんなの中に何かを残してくれたのなら、僕にとってそれ以上に嬉しいことは無いなと思う。 

 

 

(おわり)

 

 

 


 

 

 

今回は、こちらのお店を使わせていただきました。とてつもなく美味しく、良い雰囲気のお店でした!

 

馬車に乗ったモッツァレッラ

 

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13008919/

 

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