第3話

「大臣だって商社マンだって、『その人にしかできない』仕事なわけじゃない」

 

 

 

【第3話の登場人物】 

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

リクさん:僕のブログ 『忘れられても。』 を介して知り合った友人。このよばなし当時は、僕とは別の広告会社で働いていた。

 

ジュリちゃん:第2話 に登場したイケちゃんの友人で、コンサルティング会社に勤務。

 

ササキ:僕の会社の同僚で、テレビの担当をしている。

 

 

 


 

 

 

2017年10月21日は、雨であった。ぶ厚く垂れこめた雲から落ちる雨粒が、点描のように大気を埋め尽くしていた。

 

山手線外回り電車は、細かい雨を避けるように、右に傾いて走り続けていた。電車の中からは無音に思えたその自然現象は、日暮里駅のホームに降りるドアが開いた途端、さらさらと音を立てて僕を取り囲んだ。

 

南口で待ち構えていると、狭い改札から押し出されてくる人波の中に、会社の後輩であるササキの姿が見えた。周囲より頭一つ高く、輪郭の強い男である。

 

「このあたり、最近 谷根千やねせんって言われて注目されてますよね」

 

ササキにそう言われて、僕はスマートフォンをいじる。検索結果を示す画面に、「本物の暮らしが息づいている町」というキュレーションサイトの見出しが躍る。

 

「本物の暮らしが息づいている町」はいったいどのあたりに位置しているのかと、改札の近くの壁に貼られた地図をササキと眺めているうちに、ジュリちゃんがやってきた。彼女は 第2話 で登場したイケちゃんの友人で、僕も何度か飲んだことのある仲だ。

 

もう一人の参加者であるリクさんから少し遅れるというFacebookメッセージが入って、僕らは揃って傘を開き、南口を後にした。

 

 

 

線路に架かる陸橋を伝って山手線の内側に渡り、路地に足を踏み入れると、あたりの風景は急速に色を失っていった。「〇〇寺まで数十メートル」という文字が点滅する、寺社仏閣の案内にはまるで不釣り合いなけばけばしいネオンを頭上にやり過ごしながら南に折れると、目の前が開けた。

 

左右にどこまでも続くのは、墓地のシルエット。足元から伸びる道は、その真ん中を滑走路のように貫いたまま、薄明かりの漏れ出る墓地の向こうの町まで届いていた。傘を肩に乗せ、スマートフォンを取り出す。この谷中霊園を突っ切れば、『谷中ビアホール』のある谷中の町だった。

 

歩を進めるたび、水に濡れた墓石が道の両側で鈍い輝きを放った。彼らは行儀よく列をなし、着陸する飛行機をガイドする飛行場のランプのように、僕たちの行方を見守っていた。ジュリちゃんとササキと僕は、なんとなく息をひそめて、墓地を通過していった。

 

 

 

『谷中ビアホール』は、谷中の町の一角を占める民家の集落の中に見つかった。集落にはこのビアバーの他、ベーカリーや共有スペースなど、様々な形態のショップが軒を連ねているようだった。

 

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キャッシュオンスタイルのカウンターで注文を済ませ、二階に上がる。めいめい注文した飲み物をテーブルに並べていると、降りる駅を間違えてしまったというリクさんが、頭をかきながらやってきた。 広告代理店のテレビ担当の記事 を書いたのがきっかけで知り合ったのが、僕とは別の広告会社で働いていたリクさんだった。

 

リクさんの後から、次々と覆い被さるようにお皿がやってくる。アヒージョ、ちまき、揚げたこ焼きと、バラエティ豊かな料理がテーブルに並ぶ。

 

僕はかばんからよばなしのロゴを取り出す。グラスやお皿の点在するテーブルの真ん中を占めたロゴは、ゲリラの集結する秘密の拠点の目印のようでもあり、信心深い宗徒たちが拝む小さな祠のようでもあった。周囲に見えない結界が張り巡らされたように感じて、僕は幼い頃、押入れに入って遊んでいた時の安らかな気持ちに戻る。

 

開け放した窓の向こうで、線のような雨が斜めに走っている。よばなしが始まる。

 

 

 

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第3話

 

 

 

自己紹介がわりに、僕がやってきたこと

 

 

 

リク:僕はハジメさんとかササキさんと同じ広告業界の人間なんですが、プラットフォームの会社に転職することになって。某社なんですけど。

 

ササキ:あ、その会社は新卒採用があれば受けてみたかったところです。

 

ハジメ:そうなんですね、転職おめでとうございます。彼はササキ君で僕の後輩です。リクさんにはおなじみかもしれませんが、テレビの担当をしています。

 

リク:あ、完全に後輩ですね。

 

ハジメ:ジュリちゃんはコンサルティング会社に勤めています。

 

リク:ご友人のご友人ですか?

 

ハジメ:そう、 第2話 に出てくるイケちゃんという人がいるのですが、ジュリちゃんとの出会いはイケちゃんと一緒に飲んだ時でした。あと、今日のお店は、第1話 に出てきたホナミンが紹介してくれました。『よばなし』はそんな感じで、以前の回に出ていた人との繋がりで、コンテンツができていく予感があります。

 

ジュリ:すごくいい雰囲気のお店ですよね。ちなみに、今日の『よばなし』は3回目ですか?

 

ハジメ:公式には3回目。実はリクさんは第0回というか、プロトタイプに参加してくれていて。文章にはなっていないけど、渋谷で実験的にやったものがあって。2017年の4月くらいだったかな。

 

リク:じゃあ、4回目ということですか?

 

ハジメ:それを言うと、実は更にプロトタイプがあって。一番最初にさかのぼると、2015年に歌舞伎町でやった飲み会です。その時の参加者はほぼ全員、僕がブログで知り合った人でした。当時のブログは2012年ごろから書き始めた 『Rail or Fly』 という名前のもので、「僕はレールに乗り続けるのか、それともそこから飛び降りるのか」というテーマの文章を書いていました。だから、飲み会も「生き辛さ」みたいなのがテーマで。名前も『マージナル・マンの会』みたいな名前で、「どちらにも属せない境界線上の人たち」という感じでやっていたんだけど。

 

リク:今はだいぶ角が取れましたね。

 

ハジメ:とっつきやすくなったと思う。その時から知り合いの人たちも、そのうち登場してくるかな。まあそんな紆余曲折を経て、公式には今日は第3回という形です。特に話すべきテーマとかは無いんです。

 

この日のよばなしは、思いがけず自分の昔やっていた活動の話から始まった。もちろんRailという単語に「レールに乗り続ける」などという意味は無いし、Fly単体で「飛び降りる」という意味を持つのかというと怪しいところだが、この『Rail or Fly』という言葉は、僕の中途半端な性質をきわめて的確に表わしてくれている。

 

リクさんと出会うきっかけとなった 広告代理店のテレビ担当の記事 は、FacebookTwitterを中心にそれなりに拡散されたのだが、実はその以前のブログ『Rail or Fly』時代にも「プチ炎上」を起こしたことはあった(英語を話せても代替不可能な人間になんてなれやしないんですよ など)。しかし、当時の僕は「レールに乗るのかそこから飛び降りるのか迷っている自分自身の姿」など、正視に耐えない恥ずかしいものだと考えていたため、そういった文章を書いているということは、リアルの友人の誰にも言ったことは無かった。

 

『マージナル・マンの会』という怪しげなイベントも、よく企画したものである。常識人にも変人にも振り切れない半端ものである自分が、そんな自分に共感してくれそうな人たちを集めてやったのがこの企画であり、原形としての『よばなし』がそこには見出せるだろう。企画の名前にも、歌舞伎町というロケーションにも、ある種の危うさが漂っていたが、当時の僕にはそのようなことを客観的に省みる余裕は無かった。『Rail or Fly』と違ったのは、初めてFacebookという実名のSNSで、(おそるおそるではあるが)自分のやっている活動を告知したことだった。

 

そうしたあれやこれやの結果が今の『よばなし』という形に繋がっている。リクさんは僕のブログ 『忘れられても。』 を通して出会った人だし、ジュリちゃんは友達の友達、ササキは会社の同僚と、インターネットだけではない様々な世界のことを、そしてその世界にいる人たちのことを、僕はやっと信じられるようになった。普通の人ならものごころついた頃からわかっているようなことを、何年も遠回りして、ようやくわかるようになったのだ。

 

丸くなるということは、世の中を許せるようになることだと、僕は思う。

 

 

 

ササキが大きな手でちまきを剝いて食べる。

 

ササキ:そういえば、ちまきって全然食べなくなったと思いません?

 

ハジメ:食べないね。昔、学童保育とかで食べてた。

 

ササキ:最近食べた冷凍食品のちまきが本当に美味しくて。僕は冷食の進歩ってすごいと思うんですよ。営業先の媒体社で他愛ない会話をしてた時に「冷凍食品を弁当に入れられるのが本当に嫌いだった」っていう話を聞いたりしたんですけど、今売られている冷凍食品はそんなことなくて、味として悪くない。ちまきも本当に美味しいのがあったんですよ。

 

ハジメ:それで今日もオーダーしたわけだ。

 

ササキ:本当に食べたかったんです。

 

リク:ハジメさんとササキさんって、4年目と1年目なんですか?

 

ハジメ:そうですね。

 

リク:割と距離感が近いよね。広告代理店的な発想かもしれないけど、4年目と1年目って、もっと距離感があってもおかしくないなって思いました。

 

ハジメ:僕のタイプというか、後輩から話しかけやすいってのはあるのかもしれないですね。あと、個人同士としても普通に仲が良い。この前は2人で『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を観ました。

 

後輩と2人で映画を観ると言うと、社内では不思議そうな顔をされる。もちろん、「いいじゃん!」と言ってくれる人も中にはいるが、基本的には、「会社の人とプライベートで遊ぶ」という行為に、人は特別な意味合いを見出そうとしがちである。そして、そういった詮索の果てに「あいつはさ~」などと噂が飛び交うのが、人の集まりの常というものだ。

 

僕が絶対にやりたくないことの一つは、「あの人はああだから」と勝手に他人を決めつけることだ。あれこれと外野から品評する前に、その人の至近距離に飛び込んで、フラットな目と耳でその人をそのまま捉えたい。そういう「理解原理主義」みたいな考え方が、僕の根本には横たわっている。

 

この『よばなし』という企画が、放っておけば好き勝手に色付けされてしまう人間という生き物を黒の鉛筆で描き続けた、一所懸命な画家のスケッチノートになればいいと思っている。

 

 

 

好きな映画について

 

 

 

リク:『打ち上げ花火~』、僕まだ観てないんですよね。かなり評判が悪いと聞いて、DVDでいいかなと。

 

ササキ:下馬評が良くなかったからその時は観なかったけど、後から観たらものすごく良かった作品って、これまでありませんでしたか?

 

リク:メジャータイトルで恐縮だけど『ラ・ラ・ランド』。リバイバルをやっていて、すごいデカい劇場で見れたんです。もともと観ようと思っていたのに、公開前に騒がれすぎて「これはいいや」って思っちゃった。後で観たら「ちゃんと流れに乗ってみておけばよかった」と思う内容でしたね。だいぶ前の映画ですけど、『世界の中心で愛を叫ぶ』も、流行りすぎたから観てなくて、改めて家で観て「観ておけばよかったな」と思う。僕にはそういう良くない性質がありますね。

 

リクさんは、正直な人というよりは、正直でありたいと願っている人なのではないかと思う。自分の思ったことをそのまま人に伝えたらどう思われるか、想像することができる。だけどその上で、思ったことをきちんと伝えなければとも思っている。正直でありたいと願っている人というのは、そういう意味だ。それは、自分と他者の両方に対して、とても誠実な態度だと思う。

  

リク:『ベイビー・ドライバー』っていう映画が、今年一番面白かった。ベイビーって呼ばれる20歳くらいの子が、銀行強盗逃走のプロフェッショナルで、天才的なスキルを持っているという設定です。ミュージカル調なんですよ。犯人が銃を撃つシーンとか、バタンってドアを閉める音が、ベイビーが聴いている音楽のリズムに乗って、画面が動いていく。編集はどれだけ頑張ったんだろうって。どんでん返しがあるわけじゃないんだけど、演出がすごいって映画でした。

 

ササキ:今もまだやってるんですか?

 

リク:まだやってるんじゃないですかね。たぶん。

 

ジュリ:映画館に行って、目についた感じですか。

 

リク:『ベイビー・ドライバー』は、僕が一緒に仕事してる人が映画好きで絶賛してて、それで観に行きました。

 

ジュリ:私は、観る期間はすごく観るけど、けっこうムラがありますね。観る時は映画館で1日に何本も観るみたいな。

 

ササキ:観る時期、観ない時期に季節って関係あるんですか?

 

ジュリ:そうですね、単純に忙しいかどうかが大きいかな。あとは何かきっかけがあったらかな。映画観る意欲が出るかどうか。

 

ハジメ:俺も偏りがあると思う。観る時は土日に映画館で何本も観るとか。

 

リク:最近は何観ました?覚えてます?

 

ハジメ:言っておきながら、映画館じゃなくて家で観たものを思いついたんですが『そこのみにて光輝く』、これはNetflixで観ました。あー思い出せない。そういえばササキが言ってた『パーフェクト・レボリューション』、観た?

 

ササキ:観ました。これは「身体不自由の障がい者にも性欲はある」っていう主張をしている映画です。特別支援学校みたいな場所では性教育が実施されることがある。でも、大人の障がい者が自然に性欲の問題に直面した時、周りの人に頼れる環境があるかというと、否なんです。親にも相談しづらい内容ですし、臭いものにふたをする状況がある。

 

ササキの熱い語りに、僕は彼の中の「正義」を感じる。彼はきっと、自分にとっての善と悪を、嗅ぎ分けるようにして線引することができる人なのだ。

 

ササキ:そういうことを、通ってる施設に相談したとしても、それは福祉の範ちゅうか否かという問題がある。施設の方にやってくださいって言ってるわけじゃなくて、「やってくれる人がいたら、介助として紹介してほしいという話でも、話題にすることができない」という現状がある。そこに一石を投じる意味で、障がい者自身の経験を映画にしたのが『パーフェクト・レボリューション』という、障がい者と風俗嬢の映画です。リリー・フランキーが主演です。

 

パーフェクト・レボリューション [DVD]

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ハジメ:ササキは大学時代そういう勉強をしていたらしくて、特に詳しいんです。

 

ササキ:大学の時に、担当の教授を介して知り合った人の体験がその映画のもとになったんです。電動車イスを「赤い彗星」と名付けてて……面白い方でした。 今ではこんな風に、その方の活動を拡散する回し者みたいになってますね。

 

 

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名物の谷中ビール。左上はお得なテイスティング・セット

 

 

ハジメ:最近観た映画、思い出しました。『ダンケルク』です。僕、クリストファー・ノーラン監督の作品を観るといつも酔っぱらっちゃうんですよね。今回も疲れました。

 

ササキ:一人称の視点が多いですよね。彼は悪役がいるとき、かならずその人の視点を入れる。『ダークナイト』のジョーカーとか。

 

ハジメ:僕は完璧に救われてしまう映画が好きじゃないんですよ。例えば『君の名は。』は救われすぎて、最後なんでだよって思っちゃう。ノーラン監督も救われる結末が多いなって思って。『インターステラー』も、途中まで理系っぽい演出がされているのに、最後は娘への愛みたいなもので、うまくいっちゃう。『ダンケルク』も、最後に救われてしまうところが個人的には好きじゃない。

 

ハッピーエンドな映画が好きじゃない、というわけではない。ただ、最後が救われすぎてしまう作品というのは、濃く淹れたコーヒーにひたすら砂糖をふりかけているような気がして、「さっきの絶望って意味あったんだっけ?」と感じてしまうのだと思う。

 

苦みは苦みとして、意味のあるものだ。人間に、感じてはいけない感情などない。そう考えた時に、ハッピーエンドのジャンプをできるかぎり高く打ち上げるために用意されたロイター板としての絶望というものが、僕にはあまりにも滑稽に思えてしまうのだ。

 

リク:『ダンケルク』は、説明が何もされずに進んで行って、何もわからないまま終わるって言うか。「こうなのかな?」って自分で想像する必要がありますね。

 

ササキ:説明されすぎない作品って好きですか?

 

リク:そうでもないですね。

 

ササキ:『君の名は。』の説明されすぎなさってすごいですよね。あれで世間のアニメ映画に対する見方が変わったというか。『聲の形』も『打ち上げ花火~』も、細かい説明を省いてるんですよね。この2つの作品に対するレビューで「なんとなくよかったけど、よくわからなかったです」っていうのがあって。僕が思ったのは、これって世の中的には「説明されすぎていなければよくわからない」っていうのがあるんじゃないかと。

 

リク:いろんなアニメを観たわけじゃないけど、ジブリって誰でもわかるじゃないですか。あれは説明がちゃんとされてるって思いますか?

 

ササキ:感覚ですけど、説明されてるって思います。120分の映画を見たときにパッと理解できるか否かが、説明されすぎているかそうでないかのボーダーだと思っています。

 

リク:それでいうと、エヴァって意味わかんないじゃないですか。あれは説明されてないってことですか?

 

ササキ:そうですね。あれは説明されてない部類ですね。世の中的にも説明されすぎているほうがわかりやすい。

 

ハジメ七人の侍』とかわかりやすいけど、説明されているかっていうと微妙だな。

 

ササキ:あれは説明されていない部類でいいと思います。自分が理解できるか、説明されているかは別の問題のように思います。

 

ジュリ:私的には、説明されていないほうがいいかも。

 

ハジメ:説明されていないものを観たいっていう?

 

ジュリ:うーん、どうなんだろう。考察できる、みたいな方がいい気がする。

 

『よばなし』の真骨頂は、「誰も100%正確には意味をつかんでいないテーマについて、ぐるぐると話す」ということにあると思っている。ここではササキの持ち出してきた「説明されすぎる/されすぎない」という対立軸をめぐり、四者四様のコメントが展開されている。

 

それにしても、目に星が散るような固有名詞の乱発ぐあいだ。こういう会話を、大学のオンボロのサークル棟や、学校の近くの卓が2つしかないような雀荘で、昔の僕は夜な夜な繰り広げていたものだった。誰かの発言が自分の脳の片隅を突き、押し出されてきた思いつきを夢中で会話の渦に投げ込む。大学時代の自分がそういう場所を持ちあわせていたのは幸運なことだったなと、今になって思う。

 

 

 

自己満足と承認欲求

 

 

 

リク:ジュリさんとササキさんって、出身は東京ですか?僕は生まれ育ちは北海道で、大学が大阪なんです。就職してこっち来たっていう。北海道の岩見沢

 

ササキ:岩見沢?鉱山があったところですよね。

 

リク:そう。良くご存知で。札幌から30分くらい。

 

ジュリ:私の出身は岐阜です。京都で浪人して、大学は北海道で、東京で就職。

 

これはあくまで僕の体感でしかないが、『よばなし』に参加してくれる人は、東京以外の出身の人が非常に多い。僕自身、大阪の出身で、大学卒業までずっと関西にいた。

 

その意味合いを見出すなら、「どこにも属することのない、根なし草的なマインドを持った人たち」が、『よばなし』に魅力を感じてくれている、というところだろうか。自分の生まれた地方で生き続けるということに対して、第1話 でショウちゃんが語っていたような「違和感」を覚え、東京という街に出てきた人たち。ホームグラウンドではない東京の街で、神出鬼没に開催される『東京よばなし』というコンテンツは、そうした「帰属しない人たち」をゆるやかに捉えるのに、うってつけなのかもしれなかった。

 

リク:道外の人からしたら、北海道ってどう映るんだろう。

 

ササキ:北海道でザンギパーティーをしたことがあります。ザンギパーティーをチラシで見て、「なんだこれは」ってなって。その時は車を借りて、3週間で苫小牧から各地のキャンプ場を回っていました。

 

ハジメ:『イントゥ・ザ・ワイルド』じゃん。


ササキ:やめてくださいよ。でも、それで気に入って、何度も遊びに行くようになりました。

 

ジュリ:嫌いな人いないですよね、北海道。

 

ハジメ:冬も全然順応できました?

 

ジュリ:なんやかんや順応できましたね。むしろ暑い方が苦手なんです。

 

ササキ:冬もちゃんと暖かいんですよね。そこが関東との明確な違いと言うか。

 

ジュリ:地下道を通ればいいとか、ロードヒーティングで雪が解けるから、寒さに対する苦労はないかも。

 

ササキ:冬の北海道、なんらかの形で経験しないと語れない気がします。冬の羅臼に行った時も、民宿が暖かくて快適でしたね。流氷の上を歩いて終わりました。あと摩周湖とか。摩周湖って下まで歩いて行けるんですよ。道なき道を行く、みたいな。

 

ハジメ:ササキを駆り立てるものはなんなんだろう?キャンプとか一人旅とか、トライアスロンとか。

 

ササキ:……面白いからじゃないでしょうか。

 

ジュリ:自然というものに駆り立てられるの?

 

ササキ:そこまでの「オーガニックバカ」ではないです。

 

ハジメ:「丁寧な暮らし」系男子ではないよね。

 

ササキ:そういう思想ってはたして善なんでしょうか?無農薬は害が無いと言うけど、そんなに農薬まみれでつくってるわけでもないし。オーガニック、イコール良いっていうのはどうなんでしょう。

 

ジュリ:ある種の宗教ではありますよね。国で決めた基準があるわけでもないし。

 

ササキ:自分にとって美味しいものを食べるのが善で、その過程としてオーガニックはいいと思うんですが、先にオーガニックがあって、それゆえに善となるのは変だな、と。

 

リク:自己満足というか、「オーガニックな自分が好き」なのかもなぁ。

 

ハジメ:幸せならいいんだと思います。自己満足が人生の究極の目標だから。

 

ササキ:間違いないですね。「自己満」という言葉は、ネガティブな意味だけで使われるべきではないです。

 

ハジメ:承認欲求とかも、批判されることが多いなと思ってて。承認欲求って悪なのかな。リクさんは承認欲求ってありますか?

 

リク:まあ、そりゃ、あると思います。めちゃめちゃ強いわけではないと思いますが。

 

ハジメ:僕は自分にはあると思ってたんですけど、最近なくなってきてて。

 

ジュリ:承認欲求ってそんなもんじゃないですか?仕事もしてなくて、結婚とかもしてない、拠り所のない期間の学生とかが強く持っているもので、社会で何かしら認められるにつれて解消していくもんじゃないかな。ある人はずっとあるんだろうけど。

 

ササキ:僕は逆に社会人になって強まりました。中・高・大と、他から見たら好き勝手やっていて、その関係であまり人に褒められるってことがなかったからかもしれないですけど。仕事をするようになって「よくやったな」と言われると、やはり嬉しいというか、承認欲求が強いというわけじゃないにしても、そういう評価を貰うと嬉しい。認められる純粋な嬉しさがあったんだなと思います。

 

ジュリ:これまでは意識したこと無かったんですか?

 

ササキ:そうですね。どうでもよかったというか。今でもそれがあるからどうのこうのとか、モチベーションになる訳じゃないけれども、そういう評価を貰う中で、「気持ちいいものだ」と感じました。

 

ハジメ:僕はササキと真逆で、大学時代「何者か」になりたかったんです。自分の好きなことを思うがままやっている人が羨ましくて、自分もそういう称号を得たいと思っていた。だからいろんなことをやりました。ササキと僕のあり方は、すごい対照的だと思っていて。僕の場合は「外部がどう思うか」っていう性質が行きすぎて、最近は「自分が褒められることをやる」っていうところまで振り切れちゃった。

 

ササキ:自分自身はそのことに対してどう思っているんですか。

 

ハジメ:自分の特性に合ってると思う。僕は根本的に優等生だから、任された業務に対して「そもそもこれって意味あるんですか」とか言わずに取り組んじゃう。目の前に出てきたテストで100点を取るのをよしとしてしまう。そういう優等生的な人間は、自分で何か創り出すよりも、他人から「これをやってよ」と言われたことを全力でやる方が性に合っている。

 

猫も杓子も「自分の意志を信じてやりたいことをやろう!」と叫ぶ時代に、一人くらい「自己実現なんて自分にとっては幻想だから、他人を信じて任されたことに邁進せよ」と言っている人間がいたっていいだろう。僕は、この現代においてそういうポジションが取れる人間は、自分しかいないと確信している。

 

ハジメ:今、本業とは別にウェブライターをしているのも「ライターとして書いてみてほしい」と言われたからだし、小説 も「あなたは好きなことを思い切り書いた方が面白いよ」と言われたからだし。人の自分に対する「これをやってくれたら嬉しい」っていう気持ちが、自分にとっての原動力だなと思ってます。

 

リク:ちなみに、その意味で言うと、この会ってハジメさんの自主的な発信じゃないですか。その原動力は何なんだろう?

 

ハジメ:めっちゃいい質問をありがとうございます。これも、他の人が面白いと思ってくれてるからやっているんです。大学1年の時から『さし飲み対談』っていう、周りの人たちと2人で飲むっていう企画をやってて、まあ零細メディアだったんですけど、コンテンツとしては70対談分くらいたまった。でも、その時は他の人が面白いと思うのかわからなくて、結局やめちゃったんです。

 

幻のそのコンテンツの名は『僕らのガチ飲み』と言う。僕がインドにいた頃、一緒にやろうと声をかけた7人のメンバーと立ち上げた、『People Interest』というウェブサイト。『僕らのガチ飲み』は、その中のコーナーの1つだった。

 

ハジメ:社会人になって、知らない人たちで飲んで話す会ってのをやったら面白いんじゃないかと思ったけど、他の人にも面白いって思ってもらえる確信は無かった。でも、そのうちに「『よばなし』は絶対に面白いからやってくれ」という声が出てきて、「そんなにみんなが言うのなら、やった方が人のためになる」と思って、今はやってます。僕は、僕自身が面白いと思っても、他人が面白いと思ってくれる自信がない。やり続けることができているのは、面白いと思っている人がいるからです。『さし飲み対談』と違うのは、『よばなし』は小説だと捉えている点。人の期待に応えるのが原動力とは言え、僕自身が気持ちよくなくても続かないから、そういう形にしています。

 

インターネットという果てしなく広い海に、僕は幾度となく救われてきた。それは、外側からは決して見えないであろう、僕の自己肯定の歴史である。大学3年生ごろから始めた無名の個人ブログに「読んでよかったです。これからも書き続けてください」とメッセージをくれた、何十人ものインターネットの向こう側にいる人たち。僕が今いろんなことに取り組めているのは、そうした人たちのおかげなのだ。そうした人たちがいたおかげで、今ようやく現実の世界にいる友人たちに「『よばなし』やってるよ」と声をかけることができているのだ。

 

人は、自分ひとりで好きなことをやり続けられるような、強い存在ばかりではない。だからこそ、何かをつくっている人を身の回りで見かけたら、僕は絶対に応援したいと思っている。そうして応援してもらった自分が、こんなにも強くなれたのだから。

 

ササキ:以前、ハジメさんは「言論が弾圧されることが最も面白くない」と言っていたと思うんですが、今のような機械的な思考っていうのは、「思考さえも抑圧されてるような状態」だとは言えないですか?他人がそう言ったからやるっていうのは、考え方が機械的だなと思って。人は自由に思考すべきだ、と言っていたハジメさん自身が、型に嵌っているような気がします。

 

ハジメ:非常に微妙なニュアンスだね。自分がやりたいことをやる、というのと、人にお願いされたことをやる、というのは、俺は対立するものではないと思う。「自分自身はなんとなくこれやったら面白いな」と思うけど、それをやり続けるまでの狂信的な強さが自分には無い。それは、ウェブサイト立ち上げとか、いろんなことを経験してきた中でわかったこと。でも、人からお願いされたことは、俺の場合「プラスアルファの力」として、自分のやりたいことをやり続けるための力を出せる。だから当然、俺は『よばなし』を「面白い」と思ってやっているよ。

 

ササキと僕の問答を見ていたジュリちゃんが頷いている。

 

ジュリ:なんか、いい意味での口論だね。

 

ハジメ:そういえば、ジュリちゃんと飲んだ時も「いい口論」をしてた気がするね。

 

ジュリ:そうだね。「言論が弾圧されてるとつまらない」という件について、ちょっと思ったことだけど、私自身もハジメちゃんのように「自分のことが外部に受け入れられるのかな」とどこかで気にしている。受け入れられるかどうか「試みる」ことが、私にとっての自由なのかな、と思う。

 

ジュリちゃんと何度か飲んだ中で僕が抱いていた彼女の印象は、人それぞれの事情をとても大切にする人だということだ。それも、その人の人生に過剰に立ち入ることなく、淡々と「そういうものだね」と受け入れる。

 

最初に出会った時、僕がブログを書いているということを話したら、ジュリちゃんは次に会った時に僕のブログの記事について友人と議論になったという話をしてくれた。僕が「スクールカースト」から解放された日。 という記事を友人に見せたところ、「ここで書かれていることは甘えだと思う」と言われたらしい。「私自身は『人間なのだから、こういう気持ちになることは自然だと思うよ』と言ったけど、その友達は『いや、こういう気持ちは克服すべきだ』と譲らなかったね」と、ジュリちゃんは笑っていた。

 

人を受け入れられる人は、往々にして、自分が人から受け入れられなかった経験を持っているものだ。ジュリちゃんが「試みる」と言っているのは、人のことを気にしてしまう臆病な自分自身を、少しだけ露出して見せてみるということなのだと思う。

 

 

 

ササキがコミケを愛する理由

 

 

 

ジュリ:ササキくんの兄弟構成は?

 

ササキ:4つ上の兄貴が1人です。彼は今年29歳ですね。最近、漫画の編集者を始めましたよ。

 

ハジメ:え、前職は何されてたの?

 

ササキ:証券会社です。そういう意味では前職とは全然違う仕事ですけど、兄貴はもともとコミケに同人サークルで作品を出したりしていました。ワインの批評本を書いてたんですよ。

 

ジュリ:コミケってそういう場なの?

 

ササキ:そうです。漫画だけじゃないんですよ。僕は毎回行ってます。1日目から3日目まであって、1日目は普通の同人誌。2日目はBLがめっちゃ多い。3日目になると、男の子向けのエッチなもの。ちゃんとカラーで製本する人もいれば、紙ペラの人もいる。内容もさまざまで、「雰囲気のいい古民家リノベ飲食店5選」とかもあって、掘り出し物を探す感覚で行けます。

 

リク:そもそもコミケっていつからやってるの?


ササキ:かなり歴史があって、今年で90回目です。同人誌が頒布される場所ってなにもコミケだけじゃなくて、それ専門の即売会とかもあるし、オリジナルのマンガを集めた『COMIC 1』っていうイベントもあるんです。

 

ハジメ:ササキがすごいなと思うのは、色眼鏡がかけられがちな場所に純粋に飛び込める力だよね。

 

ササキ:僕は単純にエッチな同人誌が欲しかっただけですよ。コミケで面白いのは、「夜、並ばないでください」という張り紙にまつわる話。どういうことかというと、多くのサークルは作品をたくさん刷ることができない。人気のあるサークルの作品だと売り切れてしまうこともある。これ、どうしても欲しい人が何をするかというと、まずは「始発で行く」。早朝、臨海線のホームでダッシュする人たちが見られるんです。でも、それでも手に入らないから、やっぱり夜から並んでいる。そこでコミケ熟練者が「自警団」みたいに整理番号を配ってるんです。近くのカフェとかで待機して、朝になったら整理番号順に並んで、入る。戦後のアメ横みたいに、参加者で勝手に自治しているんです。それが面白くて。

 

リク:最初に参加したのはいつ?

 

ササキ:最近ですよ。大学入ったくらいです。年末、授業もない時に、「この作品のエッチなやつがある」という情報がTwitterで入ったので、じゃあ行ってみようかという。

 

ジュリ:モチベーション云々の話で気になったことがあって……「どんな世界か見てみたい」で飛び込むのはわかると思うんだけど、ずっと行きつづけるのはどうして?

 

ササキ:好きな作家さんのエッチな本が出続けるからです。

 

爆笑が起こる。

 

ハジメ:なるほど。気持ちはわかります。僕も詳しい知人に今年コミケに連れて行ってもらったんですけど、エッチな本の実物が見れるかなと期待してたら、BLものだらけの日に行ってしまって、間違えた!って思った。

 

ササキ:自分が予期しないこと……。例えば、日本の廃線になった路線特集とかも見つけて、おおってなったんですけど。そういう偶然の出会いが毎回あるのが、面白いですよ。

 

リク:僕は古本が好きで、それと近い感覚ですかね?こんなのあるんだ!というか、出会いが楽しいというか。

 

ハジメ:古本市とかに行くんですか?

 

リク:それもあります。神保町はよく行きますね。この間、一人で金沢に旅行して、そこの古本屋も面白かったです。地方の古本屋って、都心ほど品揃えがあるわけじゃないけど、街では大事にされている。アングラな人たちのコミュニティになっているのが、東京とは違うなと。 

 

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カウンターでお代わりを頼むジュリちゃんとササキ

 

 

 

『よばなし』みたいな飲み会は他にあるか

 

 

 

ハジメ:今日の『よばなし』について、ササキから「何か準備したほうがいいですか?」と言われて。ちなみにこれまでも「想定問答集とかあるんですか?」と言われたことがあって。確かに、参加する人からしたらそういう気持ちもあるかな、と思うんだけど、僕自身はその場の雰囲気や展開で決めるって言うことを大事にしてて。今日もそんな感じで進んでますけど。でも、やっぱり来る前は構えちゃうものですかね。


ジュリ:前に渋谷でハジメちゃんと飲んだ時もそうだったけど、ガチガチではなく何も考えずに話してる感じで、いいんじゃないかな。

 

ハジメ:リクさんにも、前回プロトタイプをやった時との違いとか聞いてみたいです。

 

リク:なんか場所によって変わるなと思ってて。プロトタイプの時の会場は渋谷で、あの時は周りもガヤガヤしていたけど、今回の方が空気感とか環境は話しやすいかなと思います。

 

ハジメ:僕はどんな話に展開されてもOKなんですけど、話の面白さを決めるのは、あらかじめ用意された問答集とかじゃなくて、環境だと思うんですよね。4人で飲むっていう「環境」が、面白さを導いてくれるだろうと思っていて。あと、これを面白がってくれる人を呼んでもらいたいな~ってのは思っていて。皆さんの頭の中に『よばなし』に来てくれそうな人っています?

 

ササキ:何人か思い浮かびますね。

 

ハジメ:これを記事にしたときに、読んでくれそうなのはそう言う人かなって。これまでの経験上、参加者の人がシェアするとその人にメリットがあると思っていて。「あ、お前こんな話してるんだ。面白いじゃん。今度飲もうよ」って。

 

リク:この企画のゴールってどこにあるんでしょう?

 

ハジメ:ごく個人的な願いなんですけど、僕は人が人をもっと理解しようとしてくれたらいいと思ってるんです。会社で働いていると、どうしても「この人はこうだよね」と流布されて、話す前から決めてかかったり、嫌いになったりとかがあると思うんです。僕自身はそう思いたくないんですよ。

 

僕が最初に「人が人を理解してくれたらいいな」と思ったのは、会社の野球部の観戦レポートを書いていて、別段野球が好きではない人からも「この人ってこういうプレーをするんだね」と声をかけてもらうことがあったからだ。それから、同僚と行った旅行や、登山や、釣りや、そうしたさまざまな経験を文章にしたため、参加者の同意を得て発信してみたところ、野球のレポートと同じように、いろんな人から「この人ってこんなことをするんだね」と言ってもらえるようになった。僕にとっては、それがとても嬉しかったのだ。

 

リク:佐藤尚之さんっていう、元々電通にいらっしゃった方がラボをやられていて、人々のコミュニケーションの現状と、そこに対してどんな打ち手をとっていくかという勉強をみんなでしているんです。そのラボは200~300人くらいのコミュニティなんですけど、やっぱりコミュニティって広がるにつれて薄まっていく性質があって。そういった部分をどう打破するのかというのはある気がします。

 

ジュリ:コミュニティが大きくなると、特定の人とのつながりが減るじゃないですか。それはもうみんなが「深い話をすること」より「いろんな人としゃべること」を求めるスタンスだから、そうなるんじゃないですかね。

 

ハジメ:なるほど。ジュリちゃんは飲み会があったとして、深くても深くなくても楽しめる感じ?


ジュリ:うん。たいていの飲み会では、深い話はしないよね。当たり障りなく盛り上がって、時間が過ぎていく。 

 

ササキ:僕は、その人自身の話が聞けるような飲み会がやりたいですね。

 

リク:当たり障りなく浅い話ばかりしてる飲み会って、逆に時間的には「深い」時間までいっちゃうじゃないですか。僕は「じゃあここで」と切り上げるべきだと思う。でも、そういうのができない人がいるんですよね。4時とか5時とかまでやっちゃう人。

 

ジュリ:なんだろう、楽しいのかな?

 

ササキ:「イヤだけど、抜けづらい」っていう要因があると思います。実際、抜けづらいし。そういう雰囲気は確実にあります。

 

リク:それで、誰も抜けられないみたいな。

 

ハジメ:そういうのを遅い時間までやっちゃうのって、寂しさもあると思うんだよね。「自分で寂しさを処理しろよ」とは思うけど、寂しさ耐性っていうのも人によって違いますよね。この間、後輩の女の子と話してたら、久々に休日を1人で過ごしたって言ってて、すごいなって思った。

 

ジュリ:どちらかというと、女の子はそうかもしれない。私はマイペースだけど。1人飲みもよくするし。女の子同士の飲み会だと、最初は行きたいなと思って行くんですけど、だんだん彼氏の靴下が脱ぎっぱなしでどうとか、どうでもいい話になってきて。近況を聞きたいとかはあるけど、そういう話はまあ……ぼちぼちでいいかなと。

 

ハジメ:女子もそういう時は切り上げられないの?

 

ジュリ:そこはちゃんと切り上げられます。

 

ササキ:切り上げられるモラルがあるかどうかって大事じゃないですか。

 

リク:往々にして広告代理店の人は気にしない人が多いかな。

 

ササキ:正直、僕はそういうの好きじゃないんで、帰りますって言って帰ってます。

 

ハジメ:すげーな、俺はそれできないよ。リクさんもあんまり好きじゃない?

 

リク:全然行きませんね。帰ってます。帰れる雰囲気じゃないですけど。もちろん、そこから生まれるものもあると思うんです。でも、それは別にいいかなと。

 

ササキも強いが、リクさんも強い。前者は激しく、後者は鋭い。昔の僕は「強い人」が怖かったなぁと、なんとなく思い出す。自分にとっての哲学さえ確立されていれば、どんな人が相手でも気持ちよくコミュニケーションができるのだとわかるようになったのは、割と最近の話だ。

 

ハジメ:もちろんそうですね。人が人を評価する軸っていろいろあると思ってて、「あいつは深夜までいた」みたいなのもある。僕自身、そういう評価する人がいれば、それに乗っかってやろうと思います。


ササキ:それ、僕は行けないですね。ただ、社内での仕事の動かし方を考えた時に、飲み会というのは有効な手段であると思います。

 

リク:「1年目なら居るだろ」ってのはあるよね。よくわかんない圧力が。

 

ササキ:ありますけど、僕はもう帰りますね。

 

ジュリ:飲み会の場合、人と仲良くなるためにあると思うので、「なんとなく行かなきゃ」ていうのはおかしいと思いますね。仮に「飲み会要員」みたいな人がいたとしても、うちの業界では、特にその人は評価はされないと思います。

 

ハジメ:コンサルっぽいね。合理的。


ジュリ:ただ、人の感情は推し測れないけど、仕事ができるだけの人が評価されるのを必ずしもいいとは思わないですね。中間で、人間味のある人がいいです。

 

ハジメ:僕もそう思います。数字とかパフォーマンスが人格だ、みたいな考え方はどうかと思う。僕は『よばなし』で「どんな人にも人間味はある」と伝えたいですね。ここに来てくれる人は、ウェットなものを大事にしている気がします。

 

 

人は環境によってつくられる

 

 

 

ジュリ:さっき「ウェット感」ってあったと思うんですけど、私はそれが好きで。自分はもともとウェットが好きな人間だけど、今は周りにドライな人が多いから、『よばなし』みたいな場所に懐かしさを感じるというか。めっちゃ面白いなと思ってて。あと、広告系の人って周りにいなかったけど、全然違うんだなって。

 

ハジメ:僕らはマジョリティじゃないけどね。

 

ササキ:間違いない。

 

ジュリ:会社に代理店から来た人がいますけど、その人は「ミーハーな人は代理店行ったらいいよ」って言ってて、「そんなわけないだろ!」って思いました。その人は、私が社会人になって初めて知り合った代理店絡みの人で、広告の人ってそういう感じなんだと思ってました。 

 

リク:コンサルでよく聞く、戦略とか経営とかの違いってなんでしょう?

 

ジュリ:一緒に仕事するので、実際は同じようなものな気がします。不思議なのが、コンサルってすごい上から目線なんですよ。同僚や後輩に対してもそうだし、先輩にすら生意気で、それが良しとされているんです。どうなんだろうって思う時がある。私もそうだったけど、1年目なんて明らかに経験が無いのに、知ったかぶりをする偉そうな感じがあって、意味あるのかなって。

 

彼女が『よばなし』を好きだと言ってくれた理由がなんとなくわかる気がして、僕は話を聴きながら、嬉しくなる。

 

ジュリ:私、もともと大学の時にコンサル会社でインターンをやっていて、所属をどうしようか考えていた時に、戦略は「根拠なき自信」があるように演じざるを得ない側面があるなと思ったので、別の部署にしました。頭はめっちゃいいけど、人の感情とか関係ないって考え方だったから。

 

ハジメ:そう振る舞うことがビジネス上の価値なんだろうなって思う。「占い師」というと失礼かもしれないけど。ただ、そういう振る舞いは、自覚してやっているのかな。

 

ジュリ:自覚していないと思います。お客さんのこと、「何もできない人」って思ってたりとか。

 

ササキ:僕が聞いて衝撃的だった話が、とある商社の人が結婚相手に「仕事辞めればいいじゃん。大した仕事じゃないでしょ?」と言い放ったっていう話。大臣だって商社マンだって「その人にしかできない」わけじゃなくて、たまたまその人がそこに就職してるだけの話ですよ。ジュリさんの話に出てきたお客さんに対する態度も、選民意識を助長するような環境から生まれてると思います。

 

ハジメ:原因として、就活っていう、自分のあり方を肯定される装置っていうものがあると思う。企業に入る前に、アイデンティティを試されるじゃない。「あなたはどういう人なの?」「何がやりたいの?」って。そこでポジティブに評価されて入社するわけだから、周囲に自分のあり方が承認された状態なんだよね。

 

ササキ:そうですね。環境要因は恐ろしいものだと思います。

 

リク:環境要因の話で言うと、劣悪な環境からのし上がる人を突き動かしているのは、なんなんだろうと思います。

 

ハジメ:反面教師的な何かじゃないですか。「昔みたいになりたくない」「認められたい」みたいな。

 

リク:それも承認欲求なのかもしれないなぁ。 

 

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今宵の『よばなし』が繰り広げられた右奥の一角。祭りのあとである。

 

 

 


 

 

 

玄関で餌を食べていた猫は、僕が引き戸を開けると、弾かれたように外に飛び出していった。路上につくられた浅い水たまりのいくつかに波紋が広がり、猫の行方を教えていた。雨は止んでいた。

 

家々の軒先を二つばかりやり過ごしたガレージの車の下に、猫は隠れていた。呼ぶとわずかに顔を覗かせるが、濡れたアスファルトに白い足先が触れると、途端に中の方へと引っ込んでしまう。車の乗ったガレージの石の土台は乾いていて、覗き込むと車底部との隙間に座を占めた猫が、気持ちよさそうにお腹をこすりつけていた。

 

僕は猫を諦め、振り返った。お店を出たリクさんとジュリちゃんが談笑しながらこちらに歩いてきていた。ササキは路地の写真を撮っている。

 

ー今日の『よばなし』は、誰かに何かをもたらすことができただろうか。

 

僕は立ち上がる。乾いた石の上でじゃれていた猫が見えなくなる。見えなくてもそこに猫はいるということが不思議だった。

 

夜に立つ『谷中ビアホール』は、秋雨を吸い、少し大きくなったように見えた。  

 

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(おわり)  

 

 

 


 

 

 

今回は、こちらのお店を使わせていただきました。大変よい雰囲気で、ビールが最高に美味しかったです。

 

谷中ビアホール

 

https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131105/13180065/

 

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