#4 「いつも『ここにいてはいけない感覚』みたいなものを抱いている」

【第4話の登場人物】 

 

ハジメ:僕。この物語の狂言回し的立ち位置。広告会社で働いている。

 

ユウマくん:僕が大学生だった頃、一緒にウェブサイトをつくっていた友人。社会人生活を経て、今は翻訳業の傍ら、大学院受験を目指している。

 

トピちゃん:僕が大学生だった頃、ブログ 『Rail or Fly』 を通して知り合った友人。いろんな場所で歌を歌っている。

 

ノドカちゃん: 僕の会社の同僚。マーケティングまわりの調査を設計する部署にいる。

 

 


 

 

東京に雪が降ると、僕はいつも、社会人になる直前の2月のことを思い出す。その頃、僕は東京生活の序盤で居候することになるイケちゃん*のシェアハウスに泊まりに来ていて、彼の友人たちと夜な夜な酒を飲んだり、Twitterで知り合ったデザイナーの友人の卒業制作の展示を見に行ったりして過ごしていた。学生時代の最後にみる雪はとても白くて滑りやすかった。僕らの部屋は早稲田にある古びた木造のアパートの最上階に位置していて、布団に横になっていると、屋根に積もった雪の冷気がゆっくりと降りてきて僕を包み込むのだった。2014年のことだ。 

*第2話に登場。

 

あれから4年が経った。2018年1月22日、お昼前から降りだした雪は、みるみるうちに都心の風景を塗り替えていった。光の角度のせいだろうか、地上二十数階のオフィスから眺める雪の切片は黒ずんでいて、ビルの谷間を走る国道を目がけ、一目散に落ち込んでいくように思えた。夕方には帰宅を焦る人たちがターミナル駅に流れ込んで、交通機関を致命的に麻痺させた。

 

人間はヘドロのようなものかもしれない、と僕は思った。朝に夜に、電車やバスやタクシーがきちんと動いてくれることで、そのヘドロはきれいにかき集められ、輸送され、また散開してゆく。あるいはそれは、家の近くの喫茶店の三階席からみた世界が、あまりにも白く覆われていたために抱いた感慨だったのかもしれない。曇ったガラス越しに眺める街の風景はとても美しくて、自分がそうしたヘドロの一抹であることを、少しばかり忘れさせた。

 

よばなしが行われたのは、そんな大雪の降った週の土曜日だった。ひと時のあいだ都市を征服した雪は、金属やアスファルトの上に舞い落ちたものから順に、汚らしく溶けてしまっていた。都心には、雪が残ることのできる自然の場所はほとんどなかった。彼らは収集を待つゴミ袋のように、道の端に身を寄せ合っていた。

 

トピちゃんと僕は、そうした雪たちのあいだを縫うようにして、新宿三丁目の路地を歩いていた。溶けかかった雪の発する冷気が絡みついて、僕の両耳を痛くさせた。「今日は寒いですね!」と、トピちゃんはちっとも寒くなさそうに言った。僕たちは歩きながら、去年の夏の終わりに南房総で行われた、トピちゃんのライブの話をした。

 

やがて、新宿三丁目の愛すべき路地裏の狭間に、『どん底』が見えてきた。血で描かれたように赤くのたくったフォントが、冬の夜の始まりに浮かんでいた。

 

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ぶ厚い木の扉を開けると、奇妙な安心感があった。ここには何を持ち込んでもいい。欲望も、思い出も、自分自身すら、ここでは検閲される心配が無いのだった。暗い店内のあちこちに人の影がわだかまっていて、思い思いの姿勢で言葉を発していた。後ろ手にドアを閉めると、僕にまとわりついていたかすかな冷気が、諦めたように身体から剥がれ落ちた。

 

階段を上がって、ひときわ重く闇の溜まっている左奥の席が、僕たちのテーブルだった。高速道路で長いトンネルに入り込んだ時みたいに、すべてのものがオレンジと黒の縞で覆われていた。トピちゃんを手前の席の左側に座らせ、僕はその右側に座って、残りの参加者を待った。

 

次に来たのはユウマくんだった。短い黒髪の下に掛かったメガネは、ずっと前からそこに置かれていたかのように、顔の一部を形づくっていた。ユウマくんに少し遅れて、ノドカちゃんも到着した。コートを掛けているノドカちゃんに、トピちゃんが「ハジメさんが連れてくる女の子っぽくない!」と、およそ初対面らしからぬ第一声を浴びせ、ノドカちゃんはうろたえていた。僕は頭を抱えた。僕の連れてくる女の子っぽい女の子がどんなだか、僕には見当もつかなかった。

 

僕たちは、闇に滲むお互いの輪郭に向かって、ぽつぽつと語りだした。温かく湿った素敵な暗闇が、よばなしの行方を静かに見守っていた。

 

 

 

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第4話

 

 

 

最初の一杯目と、料理についての雑談

 

 

 

ハジメ:一杯目はどうしましょうか。

 

ユウマ:じゃあ生で。

 

ノドカ:私もビールがいいなあ。

 

ハジメ:ビールじゃなくてもいいよ。

 

トピ:ソルティドッグにします。ここの席、狭くて店員さん来るの大変だろうな。

 

ハジメ:じゃあ、メシも一緒に頼んじゃおうか。

 

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バラエティ豊かなメニュー

 

トピ:以前に来た時、かぼちゃのクルミサラダが美味しかった気がする。

 

ユウマ:ロシア漬けって何すかね。

 

ハジメウォッカに漬けまくってる……とか?

 

ノドカ:なんかいろんな国の料理がある。

 

ユウマ:不思議な感じですね。カサゴのから揚げとか。

 

ノドカ:チリコンカンもある。

 

ユウマ:チリコンカンってなんだ。

 

トピ:知らない。

 

ノドカ:ちょっと辛いやつじゃないですか?

 

ハジメ:スペインの料理じゃなかったっけ?チリコンカンって。ちなみにこのお店、スペインに支店があるらしい。

 

ノドカ:勝手にイタリアンだと思って来ましたけど、意識をスペイン料理にシフトしますね。

 

ハジメ:イタリアン要素もあるね。

 

ユウマ:結構多国籍な感じですよね。

 

トピ:なすとミョウガの味噌炒めありますからね。

 

ハジメ:それはまた和風だね。

 

ノドカ:とりあえずかぼちゃのクルミサラダとロシア漬けは頼みたいですね。

 

ハジメ:じゃあ、今出た料理以外に、ひとり一個くらい好きなのを言ってください。

 

トピ:牛タンと菜の花のソテー。

 

ノドカ:ポテト。

 

ユウマ:卵黄の味噌漬け。

 

ハジメ:卵黄の味噌漬けって、ロシア漬けと被らないかな?

 

トピ:いや、ロシア漬けは野菜だと思うんですよね。

 

ハジメ:じゃあそれぐらいにしておこう。

 

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すぐに到着したロシア漬け。酸味が効いている。

 

ハジメ:いつもこの開始15分くらいが緊張感が高まるんだよね。

 

トピ:私、今日は全然緊張してない。むしろ眠くなってきた。

 

ハジメ:眠くなるの、早くない?

 

トピ:(ユウマくんとノドカちゃんとは)初めて会うのに、こんなに緊張感ないの初めてかもしれない。全員会ったことある感じ。

 

ハジメ:それすごいね。それはつまり、仲良くなれそうな雰囲気の人ってこと?

 

トピ:いやもう、仲良くなった後みたいな感覚。

 

ハジメ:ユウマくんとノドカちゃんはどう?知らない人と飲む機会ってあると思うけど、今日は前世の同胞感ある?

 

ユウマ:さすがに、開始5分でそこまではないっす。

 

ノドカ:遠からずな感じはする。

 

ユウマ:でも、嫌な緊張感は今のところまったく無いですね。

 

ハジメ:飲み会の緊張感ってある?会社の飲み会とか。

 

ノドカ:あります。誰にどんな発言したらNGかなとか。というか、実は今も考えてますが。

 

ハジメ:この人にはどんな話を振ったら喜んでくれるかなとか。

 

トピ:そういう意味で緊張感ないのかも。黙っていても誰か拾ってくれそうな気配がしますね。

 

ハジメ:極端な話、黙っててもいいんだよ。よばなしは。

 

みんなで話すことだけが目的のよばなしという集まりでも、さすがに最初のうちから進んで口を開くことのできる人は多くはない。そうしたなかで、お酒や料理のオーダーを通してお互いの好みを知ったり、あえて「みんな緊張しているね」と口に出すことで緊張を和らげたりして、徐々に会話が滑らかになっていく。

 

僕にとって、参加者同士の直接のキャッチボールが生まれる瞬間が、よばなしをやっていてワクワクすることの一つだ。

 

 

 

トピちゃんと僕の、これまでのかかわり

 

 

 

トピちゃんは別にして、まだまだみんな緊張しているなと思った僕は、もう一つ話題を出す。それは、「よばなし」そのものについての話だ。

 

ハジメ:そういえば、今よばなしの5人目のメンバーとして、カメラマンを募りたいと思ってて。よばなしカメラマン。チームを作っておいて来れる人が来る、みたいな。そもそも、俺が写真を撮ることに興味が無さすぎて、忘れてしまうことが頻繁に起こるのが思い立った理由なんだけど。

 

ノドカ:普通にやってみたいです。

 

ユウマ:楽しそうですね。写真は確かにあるといいですね。

 

トピ:私、参加者みたいにしゃべっちゃうかも。

 

ハジメ:おー、ありがとう。写真とか文字起こしとか、あんまり得意じゃない分野だから、誰か興味のある人がやってくれたらいいなって思ってます。

 

以前、 初対面の友人たちに10年来の親友のように楽しく話をしてもらうコツ という記事でも書いたのだが、人と人とが仲良くなるために重要なのは、「共通の話題」について語ることだ。

 

仲良くなるのに共通の話題が重要だなんて、そんなの当たり前じゃん、と言われるかもしれないが、初対面どうしが集まるよばなしにおいて、序盤からみんなの共通の話題を見い出すのは、なかなか難しい。

 

ただ、その回の参加者がどんな顔ぶれであったとしても、よばなしに来た人なら必ず参加できる話題というものが、二つだけ存在する。それは「よばなしという企画そのものについて」と「僕という主催者について」の話題である。

 

たいてい、よばなしが走りだして10分から15分くらいは、そうした話題について語ってもらっている気がする。

 

そして、他人行儀に思えていた情報交換の小さな亀裂から、よばなしはその深度を急速に増しはじめる。ボートの底部に漏れ出てきたわずかな水に、おや、と気を取られているうちに、僕たちはいつの間にか、コミュニケーションの海の底まで達している。

 

ハジメ:結局、写真も文字起こしも、ビジュアルとか音声っていう情報の形が、自分にフィットしてないからなんだろうなって思うんだよね。ちなみに、音声っていえば、トピちゃんは歌を歌うんだよ。作詞作曲もする。

 

トピ:私の曲、アップルミュージックでも聴けますよ。CDも出しました!

 

リスタート - EP

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  • とぴ
  • J-Pop
  • ¥1000

こちらがトピちゃんのアルバム。

 

ハジメ:そういう人をみてるとさ、やっぱり自分は活字が得意だなと思うわけよ。情報の形としてね。写真だったらけっこう参加したいって言ってくれる人も多くて、それはめっちゃありがたいよ。昔、ユウマくんとウェブサイト作ってた時も、デザインとかコーディングとか、見よう見まねでやってたから。

 

ノドカ:ハジメさんのバイタリティがすごいですよね。

 

ハジメ:バイタリティというか、何者かになりたいっていう、その一環だよ。

 

ノドカ:トピさんも、CDなんて出してたら、板についていらして、もう何者かになられてますよね。人から何を聞かれても、答えに困らなくないですか?

 

トピ:就活の時は困らなかったよ!

 

ハジメ:でもその困らなかったことこそが、不満というか、辛かったって言ってたよね。歌を歌うことが自分のアイデンティティになってしまうという。「歌を歌う人」として初対面の人に認識されてしまうのが嫌だ、というか。

 

トピ:自分の過去を知ってる人がいるというのは、恥ずかしいものですね。

 

ユウマ:そろそろその過去の話が聞きたいな。いつごろから歌は歌ってたんですか?

 

トピ:高校生の頃に宅録を始めて。今でこそYouTuberなんて流行ってますけど、あの頃はまだそこまでではなくて。私は曲を作っている人のカバーをしていました。動画をアップするうちに、東京にいる作曲の人と繋がったりして。その人がつくってるCDに参加するみたいな形で、音楽活動をしてました。その作曲者がすごく有名になって、某メジャー歌手のSさんに曲を提供したりとか。そのSさんが、私の歌っている歌を聴いて感想をTwitterにアップしてくれたこともあって。

 

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かぼちゃのクルミサラダ


トピ:そんなこんなで、レーベル会社の人が目をかけてくれて。家の方針で、それなりの大学に合格しなければ東京には出してもらえなかったから、勉強のモチベーションは無かったけど大学受験して東京に来ました。大学に行きながら音楽もやってて。バイトとかもやってたし、八割がた普通の大学生でした。

 

ユウマ:いやいや、それでも残りの二割は普通じゃないですよ。

 

ハジメ:面白いと思ったのは、もうその時点で既に「何者か」っぽいのに、なぜ俺の 「何者にもなれねえ!」って唸ってる当時のブログ にメッセージをくれたのか。

 

トピ:何か響いたんですよ!しかも私、人のブログにコメントするようなタイプじゃなかったのに。

 

ノドカ:最初にハジメさんのブログに辿り着いたのはどうしてですか?

 

トピ:覚えてないな。「休学」とか、何かのキーワードで出てきたんですよ。それで連絡しちゃいました。

 

ユウマ:そこで連絡しようとするのは、何か思うことがないとなかなかできませんよね。

 

ハジメ:何がトピちゃんにヒットしたかわからないけど、アイデンティティとしての歌にそこまでの自信を持てなかったのかなっていう。俺は、自分自身は理系の研究職に就くのがマジョリティの学科に入ったけど、いろいろと経験したなかで、自分がやりたいと思っていたことを信じられなくなって。でもそれでいいんじゃないかって自分自身に言い聞かせるように、当時は文章を書いてたんだよね。

 

トピ:この人、昔はもっとエモい人だったんですよ!当時と比べると今は全然エモくない。なんというか、こじらせていたんですよ。

 

ハジメ:うん、そうだと思う。

 

トピ:私もこじらせてるし。

 

ハジメ:そういう部分がたぶんメッセージをくれた理由だったのかな。

 

トピ:めっちゃ恥ずかしい!飲みますね。

 

ユウマ:今でも歌の活動は続けられているんですか?

 

トピ:いえ、元々期間限定の予定だったし。そこで出会った人たちが、それまでの人生で出会った人たちと全然違うカルチャーの人たちで。私は中高とも私立の女子高で、狭いところで生きてきて。東京に出て初めて金髪の人と話したくらいでした。東京は競争率の高い環境で、ストレスと練習のし過ぎで体調崩してしまったんですよね。それで、私がボーカルでリリースするはずだったシングルが、他の人に取って代わられてしまったようなこともあって。それ以降はインターンとかビジネスコンテストとかに取り組むようになって、音楽からは遠のいてしまって。その、音楽から逃げてる時期にハジメさんと出会ったんですかね。

 

ユウマ:音楽じゃないものを探してるみたいな。だからこそ当時はハジメさんの文章が響いたのかもですね。

 

 

 

自己肯定と、歌を歌うということ

 

 

 

ノドカ:一個だけ聞いていいですか?自分の声は好きですか?

 

トピ:好き!

 

ハジメ:面白いこと聞くね。なんで?

 

ノドカ:私は自分の声がすごく嫌いなんですよ。

 

トピ:私も、喋り声は嫌いだよ。自分の中で唯一好きなのが歌声だった。当時は、自分の見た目も考え方も好きじゃない、そういう時期だったんです。今はだいぶ受容できてきた。

 

ハジメ:俺は、後天的に自己受容の度合いは上がらないと思ってるんだけど。

 

トピ:上がるよ。

 

ハジメ:それは認めてくれる人が居たから?

 

トピ:そう。

 

ハジメ:残酷なことを言うかもしれないけど、認めてくれる人がずっと存在してくれたら、確かにずっと自己肯定できる気もするんだけど、認めてくれる人がいなくなっちゃったら、それが一時的なものになる可能性はないかな?

 

トピ:私に関しては変わらなかった。一回上がった自己受容の度合いが、ずっと誰かに満たされてなきゃいけないって訳じゃないと思う。価値感が変わることに近いのかな。特定の人ではなくいろいろな人の影響を受けてる気がする。生きてきたなかで、要所要所にキーになる人がいて。ハジメさんもその一人だし、そういう人たちから話を聞くうちに、歪んだ思考が矯正された経験が生き続けて。

 

ユウマ:同意します。むしろハジメさんが自己受容は上がらないと思ってることについて聞きたい。

 

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牛肉と菜の花のソテー

 

ハジメ:俺自身に関しては自己受容は高いから、俺のことではないんだけど。こじらせてはいても、その状態を文章に書くということは、自己受容が高くないと無理だと思っているから。いろんな人の話を聞く限りでは、誰かに肯定してもらったことで以前より自信を持てるようになっても、その認めてくれる人がいなくなっちゃったら、その自信は少しずつ剥がれ落ちていってしまうのかなって。でも人それぞれだと思う。価値感が変わるってのはすごいよ。価値感ってあんまり変わんないなあと思うから。

 

トピ:私は人に影響を受けやすいから、価値観が変わったのかもしれない。さっきのハジメさんの、自己受容してないと表現できないってのは本当にその通りだと思う。大学の時にも作詞作曲がしたかったけど、作詞ができなかった。作詞って自分の思ってることを書くじゃないですか、表現するじゃないですか。本当にそれができなくて。いろんな人にチャンスをもらっていながら、自分の書く歌詞が嫌いすぎてずっと書けなかった。社会人になってからもう一度音楽に戻ってきて、びっくりしたことに歌詞が書けた。こんなに変わるんだって。自己受容すると表現ができるってのは本当にそう。

 

ユウマ:自分の歌声は好きだから、自己受容できていたから歌は歌えていたの?

 

トピ:歌は、私の中では演じるということに似ていて。人の内にある世界に入るってことかなって。俳優さんとかって、本人とは関係なく、台本に載っていることを演じるわけだから、自己受容はあまり関係ない。自分の考えてることを書いたりすることの方が、自己受容とは関係あるんじゃないかなと思いました。

 

 

 

自分が熱狂しなければ、他者を熱狂させることはできない

 

 

 

ユウマ:今の話、ちょっといいですか。私は、小説を書くことと翻訳をすることにずっと取り組んでいて。今おっしゃった話の中だと、作詞が小説を書くことで、翻訳はまさに歌を歌うことだなって。ひねりも何も無いんですけど。

 

トピ:まさに!なるほど!

 

ユウマ:確かに、翻訳も自分の言葉で紡ぎ上げていくので表現の一種ではあるのですが、根っこには既存のストーリーがあって。最近、自分はもう一度小説を書けるようになったなぁと思っていて。しばらく書けなかったので。そのポイントが、俺の場合は自己受容なのかなって。家族とうまくいくようになってから、家族のことをがんがん書けるようになったから、そこは近いのかなって。

 

トピ:翻訳ってすごいしっくりくる。自分らしさは付けられるけどあくまで付加的な要素。ゼロから生み出しているわけではないよね。ちなみに、ユウマさんが小説書いてるの、イメージ通りです。

 

ハジメ:ユウマくん、ちょっと自己受容についてさ……。

 

トピ:ハジメさん、今日のテーマを自己受容にしようとしてるでしょう!

 

トピちゃんの鋭いツッコミに、僕は思わず苦笑してしまう。

 

ハジメ:そんな風にメタに見るのやめてくれよ。俺はやっと最近メタにコミュニケーションすることをやめたんだよ。

 

ノドカ:メタにコミュニケーションするってのはどういうことですか?

 

ハジメ:この人にこういう話題を振ってくれたら楽しんでくれそうだとか、この人はこういうことを考えているんだろうとか、ここまで俺が話したらうざいって思うだろうとか。今、俺が話している話はこの人が好きな話だろうかとか。

 

ノドカ:ちょっと冷めちゃいますもんね。

 

ハジメ:相手に伝わるんだよね。明確な理由はわからないんだけど、相手がなんとなく、あんまり乗ってこないんだよ。確かに、その人が好きな話とかを俺がパスするから、乗ってくれはするけどそれは熱狂ではない。

 

トピ:複数人だと余計、司会者っぽくなっちゃうんだよね。

 

ハジメ:それもある。だから、俺は自分が楽しいと思えるように喋ってるだけではある。今はね。

 

ユウマ:俺、未だにそのゾーンにいるんですよね。人が何を喜ぶか考えちゃうゾーン。

 

ハジメ:悪いことではないと思う。俺の考えだけど、会話をメタに見ちゃう人は、その過程を経験して初めて熱狂を生み出すプロセスまでいけるから。自然にできるようになる。何も考えなくても、今目の前にいる人と楽しいコミュニケーションを取れるようになるはず。今の段階は、型の習得みたいなもんだよね。

 

昔から、何も考えずに反射神経で場を盛り上げられる人のことが、僕はずっと羨ましかった。そうなりたいと思って、ずっとコミュニケーションについて考えてきた。さし飲みについての記事*も書いたし、よばなしについての記事**も書いた。言語化することで、コミュニケーションをハックできる何らかのテクニックが手に入ると、僕は信じて疑わなかった。 

*200人以上とサシ飲みした男が教える、楽しく会話をする方法  

**4人飲みはなぜ面白い?数学で考える飲み会の最適人数 

 

しかし、どれほど言語化を重ねても、「あんな風になれたら」と願う人と同じレベルには、僕は座回しに習熟することができなかった。どれだけ努力しても、飲み会で当意即妙の受け答えをして場を沸かせるようにはなれなかった。そうして、僕はエンターテイナーになることを諦めたのだ。

 

不思議なことだが、そうなって初めて、自分なりのコミュニケーションができるようになってきた。おそらく、力が抜けたのだと思う。人に気に入られよう、人を楽しませようと思っていた頃は、そうした下心が自分の所作のどこかに現れていたのだろう。禅問答のようになるけれど、楽しませようと思っているうちは、楽しいコミュニケーションはできないのだ。ただ、あれこれと思い悩んでいた頃に考えついたアイデアは、今も無意識のどこかに根を張っていて、僕のコミュニケーションを円滑にするのに役立っているように思う。

 

「会話をメタに見てしまう人」が、心からコミュニケーションを楽しめるようになるためには、ひたすら悩んで苦しんで、ふっと諦めがつく瞬間が訪れるのを待つしかない。ただ、もしその境地に達することができれば、「無意識に座を回せる人」よりもずっと温かくて居心地のいいコミュニケーションの場を、つくることができるはずだ。

 

よばなしは、トピちゃんの言葉から再開される。

 

トピ:みんなが相手を喜ばせようって考えられる人だから、私は何も考えてないんだ。いつもは考えちゃう側なんですよ。でも、今日は楽だなって最初から思えたのは、考えてコミュニケーションするタイプの人がいっぱいいるからか。ずっとそっち側だと疲れちゃう。上司のグラスが今空いてる、とか。

 

ノドカ:どんどん発言できなくなっちゃいますよね。人の印象に残らない気がして、自分が。空気みたいな。

 

ユウマ:常に自分の頭の中に「自分の言いたいこと」と「この場で言うべきこと」が同居していて。

 

ノドカ:わかる!

 

ハジメ:誰でも、話すことは好きだと思うんだよね。きっと。相手が楽しめるように話したいとか、誰でも受け入れなきゃいけないとか、そういう気持ちもみんなの中にあるんじゃない?いいことだと思う。

 

ノドカ:今日はみんな主役なんですね。

 

ハジメ:そうだよ。

 

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海の底のような雰囲気の店内で、よばなしに花が咲く


ノドカ:私は、いつも受け皿みたいになっちゃう自分が嫌なんですよね。サシ飲みとか誘われても、相手がべらべら話してるだけみたいな。

 

ハジメ:そういう風に話を聞ける人に対して、鈍感な人はめちゃくちゃ話してくるよね。

 

ノドカ:後から考えたときに、私は今日、相手に何の爪跡も残せてないって。すごい損した気分になっちゃう。

 

トピ:それは相手を気持ちよくさせる天才だと思ってますけどね。聞き上手ってことだから。

 

ノドカ:聞き上手と話させ上手、みたいな感じですか。

 

トピ:たぶん、ここにいる人は全員そう。だって私、ハジメさんと飲む時なんて、ほとんど私の話してますよね。

 

ハジメ:楽しいからいいけどね。

 

トピ:でも、ハジメさんも自分の話しますよね。

 

ハジメ:するよ。だってしなきゃつまんないから。自分が熱狂しないと相手が冷める。絶対。文章を書く時もそうだと思うんだけど、ユウマくんはどう思う?

 

ユウマ:難しいですよね。俺は、こういう飲み会で誰か一人がずっと喋ってると、気持ち悪くてしょうがないんですよ。もうそろそろパスしてくださいよ、お前の話の取れ高は十分なんですよ、みたいな。誰か一人がずっと喋ったら、「〇〇さんはどうですか?」って聞いちゃう。部屋が散らかってるのが嫌なのと同じレベルで気持ちが悪い。自分が楽しい話をできるのと同じくらい大事な要素なんですよね。ちょっと質問からずれちゃったけど。

 

ハジメ:自分が熱狂して書かなければ、読み手を熱狂させることはできないんじゃないかって話だね。

 

ユウマ:それはもう、昔からよく言われる問題ですよね。後輩で一人、かなり作家に近い男がいて。たぶん新人賞とかでデビューするだろうなって思ってるんですけど。彼の作品を見せてもらうと、俺とは対極的で。18で糖尿病で死にかけたり、破滅型なところもあって。今まだ20歳そこそこなんですけど、髭がこんなで、ザ・作家みたいな雰囲気です。ガーッて我が道を行くタイプで、「俺が熱狂するから、ついてこられる奴だけついてこい」っていう感じです。

 

トピ:熱狂して書くって、具体的にはどういうことなんですか?

 

ユウマ:それはその後輩の言葉を借りると、俺も同意なんですが、心の中のミューズ(女神)が歌って叫んでる瞬間。いやあの、乗っちゃう瞬間があるんですよ。例えば深夜に文章を書いていて、ここの文末はますにしようかな?って思うこともあるんですけど、だんだん、キーボードをガンガンガンと、今日書こうと思ってたこととは全然別のことを書いている。ハイになって、トランスのような状態になって。プロットがあった方が読みやすくなると思うんですが、もうそんなのガン無視で。この登場人物とこの登場人物は兄弟だったんだ!俺も知らなかった!みたいな感じで。

 

ノドカ:何がトリガーでそうなるんですか?

 

ユウマ:それはわからない。トリガーが何かわかったら、いつでもすぐにでもそのトリガーを入れたい。朝起きたら急に来てるようなこともあって。それで一回、学校を休んだことがある。高校生のときに短歌を詠んでいた時期があって。実際、実績は残せたんですが、ミューズが降りてきている時の作品は、ばんばんばんばん入賞していて。小説と短歌ってちょっと種目が違うんですよ。短歌は31文字しかないので瞬間芸でいけるんですけど。小説はある程度長さがあるのでね。

 

ハジメ:持続がね。

 

 

 

作家か、それとも編集者か

 

 

 

ユウマ:さっき話した後輩の文章は、いや伝わんないから!みたいなのがすごく多くて。逐一赤入れると、「先輩わかってないっす!」って。でも、これは読んでもわかんないよって言うんだけど。俺が書く文章は、何回も何回も、一晩寝かせたりここはこうした方がいいかなって手を加えるので、だるい感じになるんですよね。どっちがいいのかはよくわかんないです。

 

ハジメ:ユウマくんのは、いわゆる読みやすい文章、リーダブルな文章なんだね。

 

トピ:それって、リーダブルな文章になる前は熱狂して作ってるんですか?

 

ユウマ:難しいですね。でも、多かれ少なかれ熱狂は絶対にありますね。熱狂が無いと気持ちよくないので。自分は設計図をしっかり作るのですが、それが原稿の七、八割くらいで残りの二割が熱狂。そこから手直しはするんですが。さっき言った後輩なら逆くらい。いろんな作家の伝記や創作ノートを見ていると、人によっても全然違うなあと思うのですが。

 

トピ:ユウマさんは、編集者の要素も兼ね備えているだけ、という気がしますけどね。後輩の方には編集者の要素は無いから、ユウマさんみたいな人がいないとやっていけない。

 

ユウマ:俺は編集者なんじゃないか?クリエイターではなくエディターなんじゃないか?とめげそうになることがある。実際、後輩の作品の添削をしていると面白いようによく直せるんですよ。めっちゃよくなるんですよ。実際それが賞に残りそうなところまで来てるんですけど。半分くらい俺の力だぞと。

 

ハジメ:素晴らしいじゃん!

 

ユウマ:悲しいですね。僕は編集者にはなりたくないなというところで。相反するところでもあるので。

 

ハジメ:アーティストへの憧れというか、かっこいいなっていうその気持ちは、ごまかせないものだよね。

 

ノドカ:熱狂というのは、ゼロからイチを創る過程でしか成し得ないものなんですか?

 

ユウマ:いや、そんなことないですね。むしろ、一を十や百にするのが熱狂なんじゃないかなって。俺の意見ですけど、ゼロイチって頭をフル回転させて創り出す必要があると思う。

 

トピ:それか、何にも考えないか。

 

ユウマ:そうですね、どっちかです。

 

ハジメ:だとしたらやっぱりアーティストではなくプロデューサーとかの方が向いてるんじゃない?ユウマくん自身が目指したい方向はともかく、性質はプロデューサーなのかなって。

 

ユウマ:冷めた自分は、自分が向いてるのはそっちだって冷静に見てますね。

 

ハジメ:ユウマくんは先日もよばなしにコメントくれてね。LINEで百行くらい。めっちゃちゃんと読み込んでくれていて、俺が考えないといけないなと思っていたところにも言及してくれて。それは客観的に見てくれているからこそで、編集者の才能は確実にあるんじゃないでしょうか?

 

ユウマ:俺も思ってます。

 

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ユウマくんがくれたよばなしの感想の一部

  

トピ:それって悲しいことじゃないと思う。自分が好きなことに近いことの才能があるというのは。

 

ハジメ:ユウマくんがアーティストへの憧憬を抱く気持ちは、俺すごい分かるからなあ。

 

トピ:両方やればいいじゃないですか!悲しいって思うのはもったいない!

 

ユウマ:近いがゆえにしんどいっていう。

 

ハジメ:才能っていうものを身近に見てしまうからね。

 

ユウマ:うちの親父は音楽のプロデューサーをやっていたんですが。元はミュージシャンになりたかったらしくて。その話をする時は、いつも半分懐かしそうに、半分悔しそうに話していて、俺もいつかこうなるんじゃないかなって。

 

みんな:面白い!

 

ユウマ:ちょっと涙を浮かべそうになる時もあるんですけど。それって自分にとっては敗北なんで。

 

ハジメ:ユウマくんは、一回会社員になって辞めてるんだよね。

 

ユウマ:それも、書くことに対する情熱を忘れられなくて辞めたんです。

 

トピ:すごい勇気。いいね、人生って感じで。もはやきらきらして見える。

 

 

 

縦横無尽に繰り広げられるよばなしに食も進み、ふと気が付くと、写真を撮るはずだった料理がきれいに平らげられていたりする。

 

ノドカ:あ、この料理って写真撮りましたっけ?

 

トピ:食べちゃったね!

 

ハジメ:これこそよばなしの醍醐味、会話に夢中で写真を忘れてしまうっていう。

 

ユウマ:俺のなかで、会話のミューズが来てたので、忘れてましたね。

 

ハジメ:普段、押さえつけてるところもあると思うので。よばなしは炸裂させる場だからね。

 

トピ:みんないきいきしてていいですね! 

 

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写真に撮るのを忘れたので注文しなおした、スペイン店からの直送だという生ハム

 

 

   

渇望できている時点で、それは既に「何者か」になっている

 

 

 

ユウマ:僕は未だに何者にもなれていないなという気持ちはあるので。トピさんの音楽の話を聴いて、そこに対する羨ましさはありましたね。仮に今その道から逸れられていても、一度何者かになった経験があるというのは全然違うので。

 

トピ:どんな条件を満たしたら何者かになったと言えるんでしょうね。例えば芸能人で、誰もが成功してるって思えるような人でも、自分は何も成し遂げてないって言って自殺しちゃったりするじゃないですか。かたや趣味レベルで何かやっていても満足している人もいて。結局、自分の感じ方次第でその満足感って得られるものだと思う。何をしたら何者かになれるんだろう?

 

ノドカ:客観的に判ることで決まるような気がする。

 

トピ:賞をもらうとか?

 

ユウマ:俺の基準は明確にそこですね。

 

トピ:例えば、文学の賞をもらった後に、デビューはしたものの全然売れずって人もいるじゃないですか。そういう時に何者かになれてるって思えますか?

 

ユウマ:俺はそれでもいいです。

 

ノドカ:私は、熱量とか熱意とか、そういうエンジンが自分のなかにあるだけでもう何者かであるように感じますね。

 

トピ:確かに、そういうエンジンがある人はかっこいいですよ。

 

ノドカ:さっき少し思ったんですけど、ユウマさんはエッセイは書かないんですか?

 

ユウマ:あー、書いてたこともありましたね。

 

ノドカ:そういう時は、女神は降ってこないんですか?

 

ユウマ:降ってこなかったですが、そっちの方が小器用に書けましたね。うまく書けたなと。

 

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卵黄の味噌漬け

 

ノドカ:私はまさに何者かになりたい、ワナビーなんですよ。今年は、もうちょっとフットワーク軽くしようと思ってて。ハジメさんの大学時代みたいな。

 

ハジメ:俺は大学に2年長くいたから、確かに年代的には今のノドカちゃんくらいの時にさまよっていたよね。

 

ノドカ:体力をつけようと思って筋トレ始めたんですよ。腕立て伏せとかしてると、自分の身体に対して「何だこの人間の筋肉は」って思うくらい弱々しくて。

 

ユウマ:今まで運動はされていたんですか?

 

ノドカ:いやまったく。運動からは縁遠い人生です。

 

ハジメ:ウケる。

 

ユウマ:なぜ筋トレから始めようと思ったんですか?

 

ノドカ:健全な肉体に健全なメンタルが宿るということで、自分もちょっとその辺はマッチョ思想を取り込むと、考え方も変わるかなと。

 

ユウマ:三島由紀夫の思想ですね。

 

ハジメワナビーにもいろんなタイプがあるけど、誰に認められたいかっていうところがポイントだと思うんだよね。

 

ノドカ:ゆくゆくは、自分で自分を認めたいですね。でないと会社で淘汰されちゃう気がして。

 

トピ:会社で淘汰されると何が嫌なの?

 

ノドカ:えっと、仕事がつまんなくなっちゃうと。

 

ハジメ:淘汰されてるってのはどういう状態?

 

ノドカ:なんかこう、枠の中で与えられたことを歯車のようにこなしている状態のことです。基本的に、社会って歯車がほとんどなんだとは思うんだけど。歯車ではない人たちは会社以外の何かの側面を持ってて。それは、何者かであることとか、バイタリティに溢れていることとか、そういうことが十分に周りに知られている状態であったりして。なんだろう、人と違った人生を歩んでいることが、仕事におけるその人の価値と直結しているというか。そんな風になりたいなって思います。

 

トピ:その気持ちって、広告業界独特かもしれないですね。オフで仕入れた情報とか経験とかが、思わぬ形で仕事に活きてくる。私のやってたSEは違うから。SEの場合は、オフの時間に「仕事に活きるだろう」って勉強したことがそのまま活きるかな。広告の場合は活きるだろうと分かっているわけではないじゃないですか。特定の企画に活かそうと思って、今日よばなしに参加しているわけではないじゃないですか。でも、ここで受け取った何かしらが、十年後とか、思わぬ時に別の形で何かのヒントになるかもしれなくて。一見、連結してなさそうな部分で活きるってのが広告独特かなと。

 

ハジメ:わかる。生きることが仕事になるっていう。

 

ノドカ:めっちゃ腑に落ちた。幸せ指数が上がりました。

 

ハジメ:どうして?

 

ノドカ:生きることが仕事になるような場所に、今自分がいられるっていうことが嬉しくて。

 

 

 

ハジメ:さっきのワナビー的な話で、社内には、何者かになりたい人、なりつつある人もいるわけだが、ノドカちゃんにはそこまでの渇望を感じないなって思うところも正直あって。本当なんだろうか?っていう疑問がある。

 

トピ:わかる気がする。

 

ハジメ:本当に、あるの?

 

ノドカ:渇望を感じる感じないっていうのは、何で決まるんですか?

 

トピ:ガツガツ感があるかどうかかなあ。

 

ハジメ:プロジェクトにめっちゃ手を挙げる!みたいな。

 

ノドカ:うーん。まずはそういう場に行くことが必要なのかな。

 

ハジメ:そもそも、その「何者かになりたい」っていうのが、本当の欲望なのかな?って思ってね。

 

ノドカ:それは自分でもわかんないです。

 

トピ:でも、楽しんで仕事をしたいのと、成功して何者かになりたいのはたぶん違うことだよね。目の前にある仕事を面白く、好奇心を持って取り組めれば、ノドカちゃんの言う「楽しんで仕事をする」っていうことは果たせるんじゃないかと思った。

 

ハジメ:だとしたら、さっきから言ってるワナビーとは少し違うのかな。

 

ノドカ:なるほど。私の場合は、ある程度の環境におかれないとそういう渇望が湧いてこないのかもしれない。でも、みなさんが言ってる渇望っていうのは、場にいなくてもあるものなんですね。

 

ハジメ:本来的に、その人の人生における欠落感を埋めるために最初から存在しているものが、渇望ではないだろうか。

 

ノドカ:うん、それなら私の気持ちは渇望とは違いますね。

 

ハジメ:書くのも好きなんだよね?

 

ノドカ:はい。渇望とは違ってそれは熱望ですけど。

 

ユウマ:足りないものを埋めるのか、新しいものを創るのか。

 

ノドカ:難しいですね。書くのってどうなんでしょうね。その二つともに被る部分もあると思いますけど。

 

トピ:モノを創ることで救われる人はクリエイティブ気質だと思う。

 

ユウマ:俺が小5くらいで文章を書き始めた時は、辛くて書いてました。

 

ハジメ:小5で何の辛さを感じたの?

 

ユウマ:好きな女の子がいるけどうまくいかなくて。

 

トピ:友達に相談するわけではなく!

 

ノドカ:それを書くという行為に落としたんですね。

 

トピ:小説にもそういう側面ってあるんだー。

 

ユウマ:歌にもあるんですか?

 

トピ:はい、私は完全にそうですね。

 

ユウマ:形が違うだけで根っこは一緒なんですね。

 

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林さんのライス(牛肉とキャベツのウスターソース炒めご飯)

 

ノドカ:さっきの渇望の話なんですけど、渇いてんなーって思う人の特徴って何ですか?

 

ハジメ:渇くってことは、外からの潤いが必要だということだと思うんだよね。しかも、それが自動的かつ持続的にもたらされることはない。永遠に満たされないんだと思う。渇望している人というのは、自己受容が低いと思う。世の中に認められれば自分で自分を認められるっていう。俺にはそこまでの情熱はないなあって思う。

 

ノドカ:渇いてる人が羨ましい理由を考えてみたんですけど、人生が早く太く過ぎ去ると思うんですよね。

 

ハジメ:充実してるってこと?彩り豊か、とか、そういうイメージ?

 

ノドカ:そうですね。

 

トピ:何かに情熱を燃やしたいっていう望みがあるんですかね。

 

ノドカ:はい。情熱を燃やせることがすなわち良いこと、ではないとは思うんですけどね。

 

トピ:そうですね。ノドカちゃんがそう思っているってこと自体が、渇望していないことの現れだとおもう。本当に渇望してたら、もっと毎日物足りないって思っているんじゃないかな。

 

ハジメ:ノドカちゃんはたぶん俺と同じく中間の人だと思う。充実しなきゃいけないっていう気持ちは俺もすごくある。渇望してる人は、充実している状態を望ましいとか思っていない。俺らは望ましいと俯瞰しているタイプ。

 

ユウマ:渇望してる人は、お腹空いてるから食うしかないんですよ。

 

ハジメ:お腹空いてる方がご飯美味しく食べられるじゃん、お腹空かせようぜって発想が俺とかノドカちゃんの側。きっとね。ユウマくんは渇望系なの?

 

ユウマ:いや、わかんねっすね。

 

ハジメ:トピちゃんは?

 

トピ:渇望し終わった人ですね。今は、現状に満足を見出せる状態が幸せだと思ってる。足るを知る人間になりたい。

 

ユウマ:足るを知ったと?

 

トピ:知れるように調節しながら生きている、ですかね。願わくば、渇望していたいという気持ちもありながら、渇望が無くても死なないなって思いたいなー、というか。外部要因じゃなくて、受容の仕方しだいかなと。

 

ユウマ:一回、歌をある程度のところまでやれたことは、その気持ちに関係している?

 

トピ:しているし、足りないものに目をつけるよりも今あるものに幸せを見出す方がいいと思った。外部要因じゃなくて、受容の仕方しだいかなと。

 

ユウマ:人から評価されるのも自分の満足のためなので、結局は自分次第ですよね。突き詰めていくと全部自分の満足。

 

ハジメ:すべての行動は自分の満足のため。そう自覚しているのって、すごくいいよね。

 

 

 

デモグラフィックに、よばなしを語る

 

 

 

ユウマ:高校生の時に、どうやったら人に勝てるかってのをマジで考えたことがあって。僕は小中高一貫の学校にいたんですが、私立の小学校ってえげつない金持ちとかいて。どうやっても数学やテニスで勝てない、全敗だったんですよ。それで、どうやっても120点が出せないなら全部で80点を取って、総合点で勝とうと。僕の人生は才能が無いところから始まってるんです。

 

ハジメ:ユウマくんのジェネラリスト志向はそこから来ているんだね。

 

ユウマ:どう勝つか、から始まってますね。

 

ハジメ:ノドカちゃんは、周りに対して「浮いてるな~私」みたいな気持ちをそこはかとなく感じたことはある?

 

ノドカ:いやもう、常に感じてきましたよ。

 

トピ:意外!すごい落ち着いてて、どこにでも馴染める能力を持っているように見えるね。

 

ノドカ:それは気持ちの裏返しというか。そうして落ち着いていないと、浮いてる自分を沈められないと思ったからで。でもそうしたら、歳の割りに貫禄があるとか言われるようになって……。美容師さんとか絶対、歳を上に言ってくるからなー。27くらいですか?みたいな。それは置いといて、いつも「ここにいてはいけない感覚」みたいなものを抱いていますね。理由は所属するコミュニティによって違うんですが。

 

ノドカちゃんの話を聞いて、僕は一冊の本を思い出す。辻村深月の『凍りのくじら』だ。誰といてもどこにいても、自分が確かに存在することを感じられない「少し不在」なセルフイメージを抱く主人公の感情は、僕にもよくわかるものだった。

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

ユウマ:例えば会社だったら、その気持ちにはどういう理由があるんですか?

 

ノドカ:会社の場合、時々ここにいていいのかなって思うのは、今はまだ何者でもないから。

 

ハジメ:わかる。もしかしたら、今俺が「わかる」って言ったの、お前が言うなって思ったかもしれないけど。

 

ノドカ:まあ、割とそう思いますね。会社のなかで見てると、ハジメさんって渇いて見えるんですよね。さっきの話を聞いて認識は変わりましたが。

 

トピ:なんだ、がっついてるんじゃん。

 

ノドカ:なんか、会社のなかでは、何者かになることが一つの登竜門みたいになってるところがあって。自分ががっつかない存在であること、何者でもない状態であることは、駄目なことだなと思ってたんですけど。

 

ハジメ:そう思ってたんだ。俺は、渇いてたいと思う人、だけどね。渇いてる人ではない。

 

ユウマ:表面上は一緒ですけど、根っこは違うんですよね。

 

ノドカ:私はまだまだ会社では空気だなって。

 

トピ:尖った個性が無いといけないんじゃないかって思う?

 

ノドカ:それもですが、それを表現する力も必要だと思うんですね。課題が多いなと思うので、若いうちに頑張らないとなって。

 

トピ:みんな尖ってたら怖いですけどね。バランス取る人もいないと。一般の感覚も持ち合わせてハブになれる人も組織には必要だから、そういう役割を期待されているのかもしれないし。本当に尖っているのか尖っていないのかはわからないけれど、私とは真逆なことで悩んでいるなーとは思う。

 

 

 

ハジメ:よばなしにおいては、年齢は一つのファクターなんだよね。どっちかと言うと、俺より年齢が下の人が、興味を持つことの方が多いと思う。俺より年上だと、主催者が年下だっていうことに、ちょっと反感を覚える人もいるんじゃないかな。特に男はね。

 

ユウマ:その感覚はわかりますね。ハジメさんが僕よりけっこう下だったら行かないかも。

 

ハジメ:そう。だから同じマインドを持ってる人でも、上の人にはあんまり行きたいって言われなくて。

 

ユウマ:それで言うと、ここにいる人たちって、先輩と後輩のどっちに好かれることの方が多いんですか?

 

トピ:私は圧倒的に先輩ですね!ハジメさんがもし年下だったら絶対仲良くなってない。タメでもなってない。

 

ノドカ:何がそんなに決定的に違うんですか?

 

トピ:タメとか年下の人には自分の悩みを言いにくくて。だから昔からずっと年下が苦手で、先輩受けはよくて。自分を高く見せなくても許されるのが楽なんですよね。先輩面しなくて良いから。

 

ノドカ:私に関してはわかんないな。

 

ハジメ:ノドカちゃんは、上から好かれる方がありそう。

 

ノドカ:上のハジメさんからそう言われるから、そうなんですかね。

 

トピ:バランスが良いから?

 

ノドカ:さっきのメタなコミュニケーションの話に回帰しますが、100点の回答を考えちゃうんです。それは年上にも下にもやるんで、自分的にはフラットですけど年上の方が受けはいいでしょうね。ちなみに後輩の立場から言いますと、ハジメさんは下の方に好かれると思いますね。

 

ハジメ:たぶんそうだね。上も苦手というほどではないけど。

 

ノドカ:ハジメさんって、年次的には圧倒的に上が多いわけですよ。なのに下の方が好かれるって言える。めっちゃ慕われてますよ。

 

トピ:ふうーっ。

 

ハジメ:冗談だけど、教祖とか言われることもあるね。

 

ノドカ:それは、聞き上手とかそういう意味ではないと思います。ハジメさんの哲学がみんなに刺さるから。

 

ハジメ:昔悩みすぎたから、言い切っちゃうんだよね。たぶん、少しでも感覚が合う人は、喜んでくれるんだろうね。

 

トピ:それでハジメさんは強固になったのか。前はもっとふわふわしていたのに、社会人になってからは哲学が鋼のようになった感があって。宗教的というか。

 

ハジメ:俺は、排他的な宗教は好かないが。一部の人から見たら、宗教っぽいのかねー。

 

ノドカ:私は「排他的」という見方をする人はいないと思います。10人後輩がいたら、10人それぞれに刺さるハジメさんの哲学の普遍性があって、それが教祖感を醸成していると思います。そんな人初めて会いましたし。

 

トピ:こんなこと言われたら嬉しい!100点の回答だ。

 

ノドカ:いや。ホンネですよ。

 

ハジメ:ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。ユウマくんはどっちに好かれるの?

 

ユウマ:俺は圧倒的に下ですね。上は駄目ですね。学生時代は先輩にたてつきすぎて。

 

ハジメ:ユウマくんは「言う」もんね。

 

ユウマ:ハジメさんにも、よばなしについていろいろ言ったんですけど、ハジメさんだからこそ言えるという信頼感もあったからで。そこに便乗したんです。

 

ハジメ:ははは。

 

ユウマ:下に対しては、これを言えば絶対喜ぶというような言葉が、手に取るようにわかった時代もあって。

 

ハジメ:恐ろしいね。

 

トピ:私は、これを言えば喜ぶだろうとか考えたこと、一度も無いや。

 

ハジメ:それは、人と違うところだよね。

 

ユウマ:さっきの座回しの話の延長でもありますが。

 

トピ:座回しは、しないことはないんですけどね。そこまで考えて人とコミュニケーション取れないな。

 

ユウマ:よばなしの第一回と第二回を見ていると、発信していく人とラリーで決めていく人に大別できるかなと。ハジメさんはがんがん出していけると思いますが、聞かれて徐々に開示される人も居て。そこが先輩・後輩論にも関係があるんじゃないかと。能動的なのは後輩ウケ、受動的なのは先輩受け。俺はこんな哲学持ってるぜって人は、先輩よりも後輩に好かれる。

 

トピ:先輩には助けて助けてと頼る。で、めっちゃ話す。それによって先輩も救われてるんだよって言われたことがある。それをするから喜ばれると思って頼ってきたわけではないんですが。そこは性質の違いかなって思いますね。 

 

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僕らの話が聞こえているのかいないのか、店員さんは静かに微笑んでいた

  

ハジメ:ユウマくんはどこ出身なんだっけ。

 

ユウマ:東京ですよ。

 

ノドカ:私もですよー。

 

ハジメ:めずらしいな。よばなしは、地方出身者が多いんですよ。

 

ユウマ:トピさんとハジメさんは愛知と大阪で。

 

トピ:地方出身者が、東京の競争社会に疑問を抱きやすいってのはありますよね。地方出身者が多いっていうデータは面白いです!

 

ハジメ:サンプルは少ないけどね。

 

トピ:私、東京を出ようか迷ってるくらいですし。

 

ユウマ:ノドカさんは、出ることは考えないんですか?僕たちは東京しか知らないじゃないですか。

 

ノドカ:東京に無いものが何なのかわからなくて。だから出ようと思わないですね。

 

トピ:慣れてるんだろうな、この環境に。

 

ハジメ:トピちゃんは人一倍そう感じやすいかもね。

 

トピ:どんなに頑張っても、東京では上には上がいる。人と比べてると自滅するんですよ。会社に入って、人に追いつこう追いつこうって頑張ってたら倒れてしまって。来月から復帰するんですけど。自分に足りないものを埋めようとがむしゃらになって成功できるタイプと、上手く機能しないタイプがいると思うんですが、私は後者だと思うんです。ありもので幸せを見出した方がいいと思うのはそういうことで。自分のマインドを変えて、足るを知った方がいいんじゃないかと。その方が、幸せ指数が高いんじゃないかなって。

 

ハジメ:倒れるほどの経験って、常人にはなかなかないことだけども。逆に言えば、そう考えなければ、そう価値感を変えなければ、生きていけなかったんだろうね。環境にそう強いられたっていう面もあると思う。

 

トピ:都心のビル群に抵抗が無いだけでも、幸せ者だと思いますよ。

 

ユウマ:新宿とか?

 

トピ:はい。この間の秋まで新宿の近くに住んでたんですけど、辛くて。ずっと自然を追い求めてふらふらしてました。この感覚を抱かないってだけで、東京に生まれた人だなって思う。

 

ユウマ:風土学ですね。

 

ハジメ:環境に自分が作られるってのはあると思うな。

 

ユウマ:田舎に行った時に、「コンビニが無い!」とか自分は思うのかな?思うかもしれないなっていう推測はあるんですけど、経験が無いから肌感覚が無くて。田舎に行こうかな、つまり、帰ろうかな、という気持ちにはならなくて。

 

ノドカ:だから、よばなし参加者に地方出身者が多いっていうデータは、本当にそうなんだ!って、納得した感がありますね。

 

ハジメ:あとは、俺がブログで知り合った人に地方出身者が多いかな。

 

トピ:響くってことじゃないですか?

 

ハジメ:地方って、周りが今の生活に満足してるから。あえて言うならマイルドヤンキーね。いつものメンバーと永遠の友情を誓ってイオンで遊ぶみたいな。そういう中で強烈な違和感を覚える。東京に行けば自分が話せる人に出会えるかもしれないという期待を抱いて。よばなしの参加者に地方出身者が多いのは、なんとなくの違和感を話せる場だから。地方出身であることが絶対ではなく、そういうマインドを持っていることがここに来る理由になるのかなと。

 

ユウマくんの「全部80点取らなきゃ勝てない」という気持ちも、ノドカちゃんの「ここにいてはいけない」感覚も、すべては今いる環境への違和感だ。よばなしに来てくれる人は、どこかに自分がはみ出し者だという感覚を有している気がする。そして、開き直ってはみ出し者になりきることのない、ある種の器用さも持ち合わせている。

 

よばなしを面白がってくれるのはそんな人じゃないかと、僕は思っている。

 

 

 

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よばなしを終えた参加者たちを静かに見送る、『どん底』の扉


 

 


 

 

 

総武線を降りて、東中野の路地裏を歩く。

 

夜の冷気のなかで、道端にわだかまった雪は少しばかり生気を取り戻していた。明日の朝、太陽が昇るまで、彼らはつかの間の休息に浸る。

 

素晴らしい飲みの後に感じる、特別な高揚感が、僕を覆っていた。誰かと語り合って、自分は明日から何でもできる気がする、そんな夜を、僕はこれまで何度過ごしたのだろう。

 

結局、そうした夜を経たところで、僕たちは何者にもなれやしない。目が醒めて、狭いアパートの室内を見回して、いつもと同じ生活が待っていることを知って、軽く絶望する。そして、すぐに忘れる。自分が何かになれそうな気がしていたことなど。

 

少し遠回りをしながらも、引き寄せられるようにして、僕は家に近づいてゆく。下り坂を眼下に収める視野の左側に、西新宿のビル群の赤いランプが点滅している。

 

いつか失われてしまう、子どものように純粋な感情をすくい取っておきたくて、僕はよばなしという輪郭のあやふやな試みを、何度でも繰り返すのだ。

 

 

(おわり)  

 

 

 


 

 

 

今回は、こちらのお店を使わせていただきました。隠れ家として最高の雰囲気です。

 

どん底

 

https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13006803/

 

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4人飲み企画『よばなし』は参加者を募集しています。

 

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次回の『よばなし』のご案内を差し上げます。